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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第五章 うちの村だけは幸せであれ

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第111話 街道防衛戦①

 ノイシュレン王国より南西部の戦場へと送り込まれた兵力は、総勢で二千以上。他の各勢力の兵力も合わせると、連合軍の数は一万近くにも及ぶ。それほどの大軍を維持するとなれば、膨大な量の物資が必要。もちろん現地調達も行われるが、それだけでは安定性に欠ける。

 そのため、支配域の遠い北東部の援軍を除いて、各勢力の軍勢は後方からの物資輸送を行っている。ノイシュレン王国も当然に、領土から食料などを前線へ輸送している。

 その際に主要な経路となるのは、メルダース領やハウエルズ領などを通過する街道。一方で、丘陵を挟んでこの街道の南に位置する細い街道――ヴァレンタイン領やコレット砦を通過する経路も利用される。

 その際、輸送隊は経路上にある領地に宿泊することとなり、ヴァレンタイン領も例外ではない。


「わあ、また荷馬車とお馬さんがいっぱい!」


 四月の中旬。ヴァレンタイン領の一角、野営の場として整備された空き地に停まっている十台以上の荷馬車と二十頭以上の馬を見回して楽しげに言ったのは、ヴァレンタイン家の令嬢アンリエッタだった。


「アンリエッタ、あまりお馬さんの方に近づいては駄目よ。お世話をしている人たちの邪魔になってしまうし、お馬さんに蹴られたり噛まれたりしたら大変だわ」


 右手でぬいぐるみのアンバーを抱え、左手で娘の手をしっかりと握って言いながら、領主夫人アイラは野営地へと歩み寄る。


「……前回にも増して大所帯ね」

「北の経路が思いのほか混雑しているようで、一部がこちらへ回ってきたそうです。ですが、飼い葉などの供給は問題なく可能です。これより大規模な輸送隊の宿泊にも対応できるよう、準備していましたので」

「それならよかったわ。さすがはマルセルさんね。頼りになるわ」


 今は領主代理であるアイラは、傍らを歩く側近格の文官マルセルと話しながら、輸送隊を率いている騎士のもとへ辿り着く。


「……ヴァレンタイン夫人。此度はお世話になります。予定外の多勢での宿泊となり、申し訳ございません」

「いえ、どうかお気になさらないで。皆さん本当にご苦労さまです」


 この輸送隊はノイシュレン王家の軍が率いているそうで、その指揮官である騎士も当然にノイシュレン王家の家臣。丁寧な所作で挨拶をしてきた彼に、アイラはにこやかに答える。彼の視線がアイラの右手のぬいぐるみへ一瞬向けられたことには、気づかないふりをしておく。

 ヴァレンタイン家は発展を遂げた今もなお中小領主家の部類だが、ユーティライネン家の重要な姻戚であるため、もし無礼をはたらけばそれはユーティライネン家に喧嘩を売るも同然の行為。なので、たとえ王家に仕える騎士であろうと、こうしてアイラには礼儀を保ってくれる。


「今夜はゆっくりと休まれてください。何かお困りごとがあれば、遠慮せずに仰ってくださいね。できる限り対応いたしますので」

「はっ、恐縮にございます」


 一礼する騎士に頷いたアイラは、後の対応――輸送隊の必要とする飼い葉や薪の手配などの実務をマルセルに一任すると、野営地の賑やかさを眺めて満足した様子のアンリエッタを連れてその場を離れ、城へ戻る。

 その傍らには、護衛として付き従っていた領民――今や最古参の領民の一人として、領内社会の中核を担っているフーゴが続く。


「……滞在者が多いので気を遣うかと思いますが、治安維持の方をよろしくお願いしますね」

「お任せください。輸送隊の連中が悪さをしないよう、しっかり見回ります」


 野営地から離れた上でアイラが言うと、フーゴは生真面目な表情で答える。

 戦える家臣の多くがミカと共に出征している現在、残る家臣だけでは城の警備や村の治安維持の手が足りないため、実戦経験を持つフーゴを筆頭に領民の男たちが自警団を作り、対応してくれている。彼ら自警団の任務には、ヴァレンタイン領に宿泊する輸送隊の監視も含まれる。

 先ほどの騎士のような正規軍人は問題ないとして、輸送隊には荷運びのために雇われた労働者たちや、護衛のために雇われた傭兵なども含まれる。そうした者たちは必ずしも行儀が良いわけではないので、例えば領民の若い女性に手を出そうとする者がいてもおかしくない。実際、御用商人アーネストの話によると、他の小領地では多少の揉め事も起こっているという。

 後先を考えず軽率な振る舞いをする者たちが、ヴァレンタイン家とユーティライネン家の姻戚関係に配慮を示すとも思えない。村の安寧を保つためにも、部外者ににらみを利かせてくれるフーゴたち自警団は重要な存在だった。


「ねえねえ、お母さま」


 城へ歩きながら、アンリエッタが自身の手を引く母を見上げて言う。アイラも愛娘の方へ視線を移す。


「お父さま、もうすぐ帰ってくる?」

「……ええ。もうすぐ戦いが終わって、そしたら帰ってくるわ。今夜もお父さんのご無事を一緒にお祈りしましょうね」


 アイラが優しく語ると、アンリエッタは少し不満げな表情を浮かべながらも頷く。

 四月の中旬が集結の期限という話だったので、連合軍はそろそろ集結を完了した頃。ということは、いよいよ戦いが始まる。

 ミカが生きて帰ってくることを信じながら、彼の帰る場所であるこのヴァレンタイン領を、アイラは日々守っている。


・・・・・・


 四月の下旬。集結を完了した連合軍は、集結地点よりさらに西、戦場と定めたルーザス平原へと移動した。

 それとほぼ同時に、純粋派ノーザーランド人の軍勢も動き出したことを斥候が確認。敵軍は数日でルーザス平原に到達し、両軍は決戦の時を迎えていた。

 平原で両軍の本隊が激突の時を待つ一方で、連合軍の少数の別動隊が、敵軍の別動隊による側面からの奇襲を防ぐために平原の南の丘陵に布陣。ミカはその一員として、ヴァレンタイン軍を伴って丘陵の中にいた。

 険しい地形の隙間を縫うようにして築かれた街道は二本。それぞれに魔法使い十人を含む百人程度の防衛部隊が置かれ、ミカは西側の道を守る百人の指揮官に任命されている。抜擢の背景には、後方から戦場を俯瞰しながら遠距離攻撃を放つ自分の戦い方が指揮官に向いていることに加え、自分がユーティライネン家当主の姻戚であることも関係しているのだろうとミカは考えている。


「へー、それじゃあ、魔法の才をきっかけに一躍大出世を果たしたんですねぇ」

「はい。魔法が発動した日のことは今でも覚えています。一生忘れられませんよ」


 配置についた後は、ひたすら待機の時間。ミカが暇つぶしがてらに雑談を交わすのは、サンドラの采配で同じ部隊に置かれた使役魔法使いアランだった。

 彼が語ってくれたのは、自身の生い立ち。元々は貧しい小作農家の長男だったが、十四歳で魔法の才に目覚めたことで人生が一変。ちょうど同時期に村に出現して討伐されたツノグマの子供が森の中で発見され、ジョンと名づけて使役するようになった。ツノグマを使役する魔法使いともなれば将来に期待できるとモーティマー家から見込まれ、読み書きや礼儀作法といった教育を受けて重臣の一人となり、今に至るという。


「ヴァレンタイン卿も、魔法の才に目覚めたときの記憶は印象深く残っているのでは?」

「はい、それはもう……実は僕、生家を出て放浪の旅を始めた矢先に、戦争に巻き込まれて死にかけたんです。今から、確か八年前のことでした。アルデンブルク家とイルマシェ家の大規模な戦争があって」

「ああ、覚えてますよ。両軍ともに千人規模の軍勢を集めて激突したんですよね?」

「そう、それです。イルマシェ軍が壊走してアルデンブルク軍が追撃していたところにたまたま通りかかって、僕までアルデンブルク軍の傭兵に追われて。いよいよ追い詰められて殺されそうになったところで念魔法の才に目覚めて、大きな石を振り回して傭兵を殺しまくったんです」

「……それはまた、壮絶ですね。本当に危機一髪だ」


 驚きに目を見開きながら言うアランに、ミカは微苦笑で頷く。


「はい、まさに紙一重のところで生き延びました。そのときにイルマシェ軍の徴集兵だったこのディミトリと出会って、二人で東へ流れたところで領主不在の村を救って――」


 魔法によって激変した互いの半生について語らったり、自身の魔法について(手の内を明かし過ぎない範囲で)教え合ったりしているうちに時間は過ぎ、日が空の天辺よりも西に少し傾いた頃、斥候に出ていた兵士が街道を駆けて戻ってくる。


「敵軍の別動隊が来ました! 数はおよそ千! この街道を通るようです!」

「……っ! 了解、報告ご苦労さまです」


 ヒューイット家の家臣である兵士の報告を受け、ミカはアランと顔を見合わせる。


「数も多いですし、この街道が進路に選ばれるとは運が悪いですね」

「ほんとですねぇ。まあ、来ちゃったものは仕方ないですから、倒しましょう……」


 純粋派ノーザーランド人たちが丘陵を越える別動隊を組織するか否か、組織するのならば規模はどの程度になるか、その別動隊が東側ではなくこの西側の街道を通るのか否か、全ては運次第だった。結果として全てにおいて都合の悪い状況となったが、このような状況のためにこそ自分たちがここにいるのだから、役目を果たすしかない。ミカはそう考えながら、街道を守る総勢百人を見回す。指揮官は自分なので、命令を発さなければならない。


「えーと……敵が来るので戦闘準備! 事前に説明した作戦通り、まずは魔法使いや弓兵やクロスボウ兵で遠距離攻撃を仕掛けるので、歩兵は後衛で待機するように! それと、あなたは東の街道を守る部隊に報告を!」


 百人もの兵力を率いるのは初めてのことなので多少の緊張を覚えながら、ミカは言った。

 十人の魔法使いと二十人ほどの正規軍人、そして七十人ほどの徴集兵から成る部隊は、指揮官の命令を受けて動き出す。ミカに名指しされた兵士――斥候に出ていた者とは別の、体力を温存していた兵士が東側の部隊に状況を知らせるために走っていく。


「さて、皆よろしく頼むよ。勝って生きて帰ろう」


 ミカが呼びかけると、傍らに集まっているヴァレンタイン軍の面々――ディミトリとヨエル、ジェレミーとルイス、その他の家臣や領民たちが力強く頷く。


 そして、百人の部隊は敵の到来を待つ。

 数日にわたる待機の間、ミカたちもただお喋りをしながら時間を潰していたわけではない。ミカの念魔法やヨエルの土魔法なども活かしつつ、街道の近くに陣地を築き、防衛戦のための様々な仕掛けも施している。

 ミカたち別動隊が陣取っているのは、東西を斜面に挟まれて北へ延びる隘路が、西向きに弧を描いている地点の北側。森に覆われた緩やかな斜面を魔法と人海戦術で整備して地面を平らにし、森の木々や茂みに隠れるようにして並んでいる。

 前衛としてミカとアラン、その他に火魔法使いと風魔法使いと毒魔法使いが一人ずつ置かれ、さらには弓を扱える兵士が十人ほど、クロスボウを装備した兵士が三十人ほど並び、狭い街道を進んでくる敵を真南に見据えて徹底的に叩くのが主な作戦。さらに、街道西側の崖と呼ぶべき急斜面の上には土魔法使いであるヨエルと数人の肉体魔法使いが置かれ、敵の隊列の左側面から重量物を落として攻撃する構え。

 ノーザーランド人は屈強な者が多く、陣地の置かれた斜面程度ならば上ってくる者もいると予想されるため、残る五十人ほどは白兵戦力として後方に並び、敵がどの方向から迫ってきても戦えるよう備えている。


 体力温存のために寝ていた者なども含めて全員が配置につき、武器をとってから少し経ち。いよいよ敵別動隊の先頭が見えてくる。


「……うわっ、最前列は肉体魔法使いかなぁ」


 最前列の敵兵が揃って木製の大盾のようなものを運んでいるのを見たミカは、そう呟きながら顔をしかめる。

 それはただの大盾ではなく、移動式の防壁と呼んだ方がよさそうなもの。隊列の前面全体を守れる一方で重量も相当なものになるであろうあのような盾を運べるということは、肉体魔法使いが最前列を固めていると考えるべき。


「貴重な肉体魔法使いを最前列に置くとは。いやはや贅沢な話だ」

「ノーザーランド人はダリアンデル人と比べて、肉体魔法に目覚める者の割合が高いっていうのは本当なんでしょうねぇ……まずはあれを崩さないと」


 魔法の才に目覚める者の割合はどの地域も大差ないが、どのような魔法の使い手が多いかは地域差がある。火、水、風、土の四大魔法の使い手が比較的多いダリアンデル地方に対して、ノーザーランドでは肉体魔法の使い手が多い。そのような話を思い出しながら、ミカは後ろを振り返る。

 そして、そこに積まれている丸太をひとつ、念魔法で持ち上げる。


「僕が敵軍先頭の盾を潰すから、その後に一斉攻撃をして出鼻をくじく。魔法使いも弓兵もクロスボウ兵も、全員攻撃用意!」


 皆に向けて言いながら、ミカは丸太を頭上に浮遊させ、回転させる。

 戦いの序盤から重い丸太を激しく動かして魔力を消耗することは避けたかったが、敵があのようなかたちで前進をしている以上は仕方がない。そう思いながら、十分に回転速度の上がった丸太を正面へ投擲。


「そーれっ!」


 かけ声と共に放たれた丸太は、回転しながら敵軍の隊列先頭へと飛んでいく。敵兵の先頭集団は明らかに動揺した様子を見せたが、街道を埋め尽くすように前進する彼らに避ける術はない。敵軍最前列の肉体魔法使いたちが構えていた防壁も、百キログラムを超える重量に速度が乗った一撃を防げるほど頑丈ではない。

 丸太は移動式の木製防壁を容易く割り、それを抱えていた肉体魔法使いの何人かを轢き潰し、その後ろの何列かをぐちゃぐちゃにかき回したところで停止。防壁を失って無防備になった敵軍先頭をミカは見据え、


「放てーっ!」


 精一杯に声を張って命じた。指揮官の命令を受け、アランは地面に伏せているジョンの背中に据え付けられたバリスタから矢を発射。火魔法使いは火炎の弾を放ち、弓兵とクロスボウ兵たちは矢を直射した。

 多様な攻撃が純粋派ノーザーランド人たちの先頭集団に襲いかかり、戦いはミカたち防衛部隊の圧倒的優勢で始まる。

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