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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第一章 ここは我が領地

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第11話 犂と馬鹿力

 結果として、アーネストは期待以上に有能な商人だった。最初の来訪から三週間とかからず、犂の完成品と、戦利品の売却金から犂の代金を差し引いた金額をヴァレンタイン領に持ってきてくれた。

 彼が仕事のできる人物であることを確認したミカは、残りの戦利品の現金化を依頼しつつ、今後の改革に必要な道具や、前領主たちが持ち去ったために買い直す必要のある、領主家としての最低限の格を保つのに必要な持ち物を注文した。

 そしてミカは、届けられた犂を早速活用する。季節は晩夏。秋に麦の種蒔きをするため、農地を耕す作業に取り組む。


「……すっげえ」

「今まであんなに苦労して耕してた農地が、こんなに速く、こんなに深く……」

「さすがミカ様ね……」


 領民たちが集まり、唖然としながら言葉を交わす。彼らの視線の先では、ミカが犂を牽いて農地を深く耕している。

 犂の先端、本来は牛や馬を繋ぐべき位置に短い丸太を繋ぎ、それを持ち手として念魔法で操る。すると、丸太に縄で引っ張られた犂が刃で農地を掘り起こしながら前進する。

 犂は後ろに人が立って支える必要があるが、その役割は領民の男たちが交代で務めることになっており、最初はジェレミーという若い領民――ミカが盗賊を撃退したあの夜、ミカに新しい領主になってほしいと最初に言った青年が犂を支えている。


「いやあ、ほんとミカ様の魔法は凄いっすねぇ。最強の領主様ですよ」

「あはは、そう言ってもらえると嬉しいねー。何度言われても嬉しい」

「俺なんかでよければ、何回だって褒めますよ。ミカ様は最強っす!」


 後ろからついてくるジェレミーにおだてられ、ミカは悦に入りながら犂を牽き続ける。牛馬の怪力もなしに、犂はミカの後を追って進み、農地がごりごりと耕されていく。

 この世界のこの時代、ダリアンデル地方に鉄製農具はある程度普及しており、ヴァレンタイン領で使われている農具も刃の全体あるいは先端が鉄製。しかし、その鉄製農具を用いても、人力で耕せる深さには限界がある。耕す作業に時間もかかり、農民一人が扱える農地面積は限られる。

 人力を遥かに上回る力で犂を用いれば、より深く農地を耕せる。おまけに、より速く作業を進められるようになり、同じ人数で、今までよりも少ない手間で、より広い農地の面倒を見ることができる。農地面積あたりの収穫量が増加し、今後は農地面積そのものも増やせるとなれば、そう遠くないうちにヴァレンタイン領の農業収入は飛躍的に上がるだろうとミカは期待している。


「さて、この調子で耕していこうと思ってるけど、どうかな?」


 農地の北端、村に近い側から犂を走らせ、南端まで進んだところで折り返して北端へ戻ってきたミカは、耕作の様子を見ている領民たちの前で一度立ち止まり、皆に感想を求めた。


「問題ないと思います。犂の効果がこれほどとは思っていませんでした……最優先で犂を導入するというミカ様のお考えにも、魔法の力にも、あらためて感服しました」


 代表してマルセルが答える。他の領民たちからも異論はなく、むしろ皆が口々にマルセルへの同意とミカへの称賛を語る。


「あはは、皆ありがとう。それじゃあ、このまま今年の耕作予定地をできるだけ耕していこう。収穫量と収入を増やして、お金をたくさん貯めて、そしたらそのうち本当に農耕馬が買えるね」

「えっ、ミカ様の魔法で犂を扱えるのに、農耕馬を買うんですか?」


 ジェレミーが後ろから、意外そうな声で尋ねる。


「確かに、僕の念魔法を使えばわざわざ高価な馬を買わなくても犂で農地を耕せるけど……それでも、一人で耕せる面積には限界があるからね。さすがに僕だけだとこの村の耕作地の全部は耕しきれないし、そうなると残りの耕作地は今まで通り皆が手作業で耕す必要がある」


 ミカは後ろを振り返り、どうやら勘違いしていたらしい若き領民の疑問に答える。


「それに、このまま犂で耕す作業を僕の魔法に頼り続けたら、いつか僕が死んだら耕せる農地面積や得られる収穫量が元に戻っちゃう。それ以外にも、例えば農地を耕す時期に僕が病気で寝込んでいたり、怪我をして農地に出られなかったり、領主としての仕事で領外に行かないといけなかったりしたら、それだけで農業が回らなくなる。だからこそ、僕一人に依存しない農業の体制を確立したいんだ」

「なるほどぉ……さすがミカ様、俺なんかよりずっと複雑に色々考えてるんすねぇ」


 ミカの説明を聞いたジェレミーは、感嘆の息を吐きながら言う。


「そもそもジェレミー、仮にミカ様の魔法だけで耕作地の全体を耕すことができたとして、お前はこの先もずっと領主のミカ様に農地を耕してもらうつもりだったのか? ミカ様がお優しいからといって、それでは甘えすぎだろう」

「あっ、それは……その通りっす。すみません、ミカ様」


 マルセルが呆れた様子で指摘すると、ジェレミーはばつの悪そうな顔でミカに頭を下げた。


「あはは、気にしなくていいよ。まあ、僕はこの領地が発展するほどに領主としての仕事で忙しくなるだろうし、犂を牽く作業から解放されたら、森の伐採をはじめ他の作業に魔法と時間を使えるからね。馬が代わってくれる作業は馬に代わってもらいたい。そういう意味でも、なるべく早いうちに……数年以内には、馬を買って農業に導入したいな」


 皆が幸福に暮らせる良き領地を築くためには、領地そのものの拡大も必要不可欠。豊かさを維持するためにはある程度の領地規模が必要であり、また領地を守るための物理的な力も領地規模に比例する。

 自身の魔法は、その領地規模を一代で飛躍的に拡大させることのできる唯一の切り札。自分が生きている間にできるだけヴァレンタイン領を大きくすることはミカにとって最優先すべき目標であり、その仕事に全力を注ぐためにも、魔法で犂を牽く状況からはできるだけ早く卒業したいとミカは考えている。


「ねえねえ、ディミトリさんくらいの力持ちなら、身体の力だけで犂を牽くこともできるの?」


 そのとき、集まっていた領民の一人が言った。


「ああ、確かにディミトリさんならできるかもな」

「村の男たちの誰よりもでかくて、筋肉もすごいもんねぇ」

「いや、それはさすがに……いけるもんか?」


 ミカの傍らに控えていたディミトリは、領民たちの言葉を受け、ミカと顔を見合わせる。


「面白そうじゃない。試してみようよ」


 ミカも領民たちと同じ好奇心を抱きながら彼に頷き、場所を譲ってやると、ディミトリは犂の前に立つ。


「ふんがぁっ!」


 犂と繋がる縄をディミトリが引くと、その太い腕の筋肉が一層盛り上がり、そして――犂はちょっと前進した。


「おおっ! 進んだ!」

「これだけ大男だとやれるもんだねぇ」

「見て、あの腕の筋肉……なんてたくましいの……」

「わー、ディミトリすごいすごい! かっこいい!」


 領民たちが盛り上がる横で、ミカも手を叩いてはしゃぐ。ディミトリが筋力だけで牽く犂は、その後もじりじりと進む。


「…………はあっ! もう無理だ」


 幾らか犂を牽いたところで、ディミトリは縄を手放し、膝に手を置いて荒く息を吐きながら言った。


「さすがは僕の従者だね。自力で犂を牽けるほど強い従者に守られてる領主なんて、きっとダリアンデル地方でも他にいない。主人として誇らしいよ」

「ははは、ありがとうございます……牽けるっつっても、ほんのちょっとでしたけどね。牛とか馬とか、ミカ様の魔法みたいにするするとは進めません」


 息を整えたディミトリは、自身が牽いた犂の後を見ながら苦笑する。


「いやいや、人間でこれだけやれるなら十分すぎるだろ」

「ミカ様の魔法を別にしたら、ヴァレンタイン領でいちばん強いのはディミトリさんで間違いないねぇ」

「マジですごいっすディミトリさん! 羨ましいっす! どうやったらそんなに強くでかくなれるんすか!」

「そう言われてもな……飯食って農作業してたらいつの間にかでかくなったんだ。成人する一、二年前には今くらいの体格になってたかな」


 領民たちが口々に褒め、ジェレミーが興奮した様子で尋ねる。答えようのない質問に、ディミトリは困った表情で頭をかく。身長が伸びたのも筋肉がつきやすいのもおそらくは遺伝子の成せる業で、残念ながらジェレミーが簡単に真似できるものではないだろうと、ミカは二人の会話を聞きながら思う。


「ほんと、凄いわディミトリさん。かっこいい、素敵……」

「はははっ、ビアンカはディミトリさんが来てからずっとこの調子だな」

「昔から、たくましい男が好きって言ってたからねぇ」


 若い領民女性ビアンカが、恍惚とした表情でディミトリに熱い視線を向ける。その様を見た周囲の領民たちが呆れ交じりに言う。

 ビアンカはディミトリより少し年下の二十一歳で、ミカたちがやってきた日からディミトリに熱を上げている様子。そして彼女はまだ独身だという。熱い視線を注がれるディミトリも、まんざらでもなさそうな顔を見せている。


 そんな従者の横顔を、ミカは微笑ましく見守る。

 自分を主人と仰ぎ、自分に人生を賭けて付き従ってくれている彼には、従者としてだけでなく一人の人間としても幸福になってほしい。そのために自分も精一杯の後押しをしてやろう。ミカはそう考える。

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