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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第四章 新たな時代

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第107話 出陣

 純粋派ノーザーランド人との戦いに向けて、物資輸送の中継点としての領地整備や出征の準備を進めていた冬のある日。城下の村からミカのもとへ報せが届いた。

 ミカがこの地に来た頃から使用人として領主家の生活を支えてくれた、イヴァンの訃報だった。


「……本当に、すごく安らかな顔だね」

「はい。いい晩年を過ごしたからこそ、こんないい顔で神様のところに旅立てたんだと思います。これも全部、ミカ様がこの村を発展させてくださったおかげです」


 訃報を受けた翌日。村の中央広場で開かれている葬儀の場。まるで眠っているようなイヴァンの顔を見ながら、ミカは彼の息子と語らう。

 葬儀にはヴァレンタイン領に暮らすほとんど全員が集まっている。場の雰囲気は悲しげなものではなく、むしろ平民男性としては珍しく七十歳近くまで長生きしたイヴァンを労う賑やかな空気に満ちている。


 前領主家の時代から使用人として活躍したイヴァンは、身体の衰えもあって二年ほど前についに引退し、以降は息子一家に面倒を見られていた。村の発展に伴って古参の領民たちが豊かになったこともあり、厄介者扱いされることも生活に不自由することもなく、好物のエールを好きなだけ飲んだり、孫たちの遊び相手をしたりと、気ままな老後を楽しんでいたという。

 引退後も若い家臣たちに馬の世話の仕方を指導するため、時おりヴァレンタイン城に登城していたので、社会との繋がりが途切れることもなく、豊富な知識と経験を持つ長老として皆から敬意を持たれていた。ミカたちヴァレンタイン家との交流も続いた。最後は家族の話し声の聞こえる暖かい自宅でぬくぬくと昼寝をしながら、夕食の時間に息子が起こそうとしたときには穏やかな表情で息を引き取っていたそうで、誰もが羨むような生涯の閉じ方だったと言える。


「イヴァンはこの村の開拓が始まった頃から、この土地で頑張ってきた最古参の領民だからね。僕のはたらきで、彼の頑張りが少しでも報われたならよかったよ……だけど、やっぱり寂しいものだねぇ」


 ミカは穏やかに笑いながら、涙の溜まる目元を指で拭う。そんな夫の様子を気遣うように隣から手を握りながら、アイラも静かに自身の涙を拭く。

 それからミカとアイラは、イヴァンの家族親族と彼の思い出を語らう。神官によって葬儀が行われた後、広場は宴会の場に変わり、見事に天寿を全うしたイヴァンを皆で盛大に偲ぶ。


「僕たちがこの村に来た頃と比べて、古参領民の顔ぶれも少しずつ変わっていくけど……イヴァンまで旅立ったとなると、いよいよ世代の移り変わりを実感しちゃうねぇ」

「ええ、そうね……私が来てからもう六年以上も経つから仕方のないことかもしれないけど、ミカがさっき言っていた通り、やっぱり寂しいわ」


 家臣と領民たちが酒の杯を手に語らう喧騒から少し離れ、小さな焚き火で暖をとりながら、ミカとアイラは言葉を交わす。

 この村に来た頃はまだ成人前だったミカたちも、既に二人の子供がいる身となった。それだけ時が流れたのだから、他の皆も当然に歳を取る。

 マルセルはこの世界の基準で見れば初老と言うべき年齢となり、ディミトリももはや若者とは言えなくなった。ヘルガは今も使用人として働き、元気で頭もはっきりとしているが、ちょうどイヴァンが引退した頃に足を悪くしてからは専ら座り仕事を行っている。イヴァンの引退とヘルガの老いに伴い、現在のヴァレンタイン城では新たに三人の使用人が雇われており、側近たちの家族には任せづらい雑務を主に担ってくれている。

 領民たちの方も、ミカとアイラがこの地に来た頃には既に老人だった者は多くが世を去り、それより若い世代も、病気などで死んだ者が少なくない。ミカの前世と比べれば医療が未発達で生活環境が過酷なこの世界、誰もが長生きできるわけではない。


「だけど、良い変化も多いわ。若い世代は活気づいているし、子供たちもどんどん生まれて元気に育っていて……こんなに明るい雰囲気に包まれている領地はなかなかないはずよ」

「あははっ、そうだねぇ。ヴァレンタイン領の未来が明るいと思えるのは、若者や子供たちのおかげで社会に活力が満ちているからこそだ」


 時の流れに伴い、ミカたちがこの村に来た頃は子供だった者たちが立派に成長し、若者として領内社会を支えるようになった。この地がヴァレンタイン領に名をあらためて以降に生まれた幼子たちも元気に育っている。領民たちの生活が豊かになったことで、幼いうちに命を落とす者は目に見えて少なくなった。若者や子供が増え、さらなる発展の余地を秘めているヴァレンタイン領は、現時点での人口規模以上に活気がある。


「こんな理想的な社会を作れているのも、イヴァンたち開拓の第一世代が頑張って領地の土台を作ってくれたおかげだ……彼が人生を捧げたこの村を、これからも守っていかないとね」

「ええ。一緒に守っていきましょう。全力であなたを支えるわ。ミカと比べれば、私にできることはずっと限られているけれど……」

「そんなことないよ。アイラが隣にいてくれるから、僕は頑張れるんだ」


 ミカは言いながら、彼女の方を向いて微笑を浮かべる。アイラも視線を返し、少し照れたように微笑んだ。

 夫婦で仲良く寄り添いながら、再び目の前の焚き火に視線を移し、ミカは思案する。

 この村で生き、死んでいったイヴァンたちのためにも、今この地に暮らす者たちのためにも、これからこの地に生まれる者たちのためにも、自分は領主として村を守っていく。皆が豊かに平和に暮らせるよう全力を尽くす。それは間違いない。覚悟は揺るがない。

 しかし、自分一人の努力だけで、ヴァレンタイン家単独の奮闘だけで情勢の流れを左右するのは不可能に近い。それが悲しい現実だった。世界はこちらの都合とは無関係に変動し、中小領主はその中でなんとか守るべきものを守るために賢く立ち回るしかない。

 目下の最大の懸念事項はやはり、冬明けに始まる純粋派ノーザーランド人との戦い。もう二百年ほども一致団結して動く機会のなかったダリアンデル人たちが、果たして本当に大軍勢を結成して戦うような真似ができるだろうか。いざ春が来てどの程度の兵力が集結を成すかは、サンドラが語っていたように未知数の部分が大きい。

 ミカとしては、期待よりも不安の方が高まっている。置かれた状況や抱える危機感や有する利害があまりにも異なる集団が、果たしてそう都合よく共闘できるものだろうかと疑問を持っている。


・・・・・・


 そんなミカの懸念は正しかったようで、晩冬にユーティライネン家よりもたらされた情報によると、やはり集まる兵力は当初の期待ほど多くはならないとのことだった。


 まず、南端地域の大領地群に関しては、共闘の同意そのものが白紙となった。ダリアンデル地方の南の隣国と姻戚関係を結んで南端地域の覇権を握らんとする大領主と、それに対抗する他の大領主たちは、とても一時休戦して共に戦列を組める関係ではない。そのため、いずれの領主家も援軍を提供する意思を撤回してきたという。

 また、彼らは抱える領地の規模が大きいが故に、いざ純粋派ノーザーランド人が迫ってくれば自分たちだけで対抗できると考えている節がある。そのため、現状では味方として当てにならないというのがノイシュレン王家と各侯家の結論だった。


 そしてダリアンデル地方北東部に関しては、援軍こそ送られてくるものの、その規模は北東部の人口から考えれば少なく、せいぜい一千程度だという。

 勢力図が概ね定まった南東部とは違い、北東部では未だに大領主家同士の係争が続いている。対話も妥協もなく血で血を洗うような有様ではないものの、やはりすぐさま剣を収めて握手をし、仲良く一致団結するような真似は難しい様子。互いに睨み合うための兵力を勢力圏に残しつつ、余剰兵力を南西部に送るのが精一杯の状況と見られている。

 また、どうやら彼ら北東部領主たちは、南西部や北西部のように「ノーザーランド人の集団が近くの海岸から上陸してくる」事態が自分たちの身にも起こることを恐れているという。北東部は北で海に面しているため、いざそこからノーザーランド人が来たらさすがに争いを中断して皆で立ち向かうつもりのようで、各勢力が手元に主力を留めるのは、そのような事態に備える意味もあるものと思われた。

 北西部に入植している穏健派ノーザーランド人によると、彼らと南西部の純粋派以外に外征を目論んでいるノーザーランド人集団はいないそうだが、北東部領主たちとしては、直接敵対せず会話もできる穏健派とはいえ侵略者の言葉をすんなりと信じるのは難しい。彼らの懸念も理解できるので、援軍の規模が限られるのは仕方がないというのが、ユーティライネン家の使者より伝えられたサンドラの感想だった。ミカとしても同感だった。


 結果、純粋派ノーザーランド人に立ち向かう連合軍の主力を成すのは、まずは南西部領主の生き残りたちの手勢。そしてアルデンブルク王国、ノイシュレン王国、南隣の同盟勢力から成る南東部の兵力。

 そのような情報提供を受けた上で、ミカはヴァレンタイン家から提供する兵力の出征準備を整えた。伴う家臣と民兵の顔ぶれを選び、連射式クロスボウやバリスタを整備し、矢も十分な数を用意し、その他の物資とそれを運ぶ荷馬車の用意を行った。


 そして、冬が明けた三月の半ば。ノイシュレン王国より南西部の戦場へと送られる軍勢が、いよいよ西進を開始した。各家の手勢がそれぞれ個別に、あるいはいくつかの中小領主家の手勢がまとまって混成部隊を作り、定められた期日までに集結地点に辿り着くために動き出した。

 ユーティライネン軍を含め、多くの部隊は街道がより整備されている丘陵北側のメルダース領などを通過して西進していく中で、距離的に近しいために丘陵南側のヴァレンタイン領を通過するかたちで進軍する者たちもいる。アイラの生家であるヒューイット家の軍も、ヴァレンタイン領を通る経路を選んだ。ミカの率いるヴァレンタイン軍は、このヒューイット軍と行動を共にして進軍することにした。

 三月の下旬。ヴァレンタイン領で一泊したヒューイット軍と共に出発する朝を、ミカたちは迎えた。ミカとディミトリ、ヨエル、ジェレミーとルイス、その他に領民から募った民兵を十人ほど合わせたヴァレンタイン軍を見送るため、大勢が村の広場に集まった。


「お父様、無事のお帰りを願っています。どうかご無理はなさらないで」

「大丈夫だ。ヒューイット家当主として、家と領地を守るために戦ってきたからな。そうそう死にはしない……それに、我がヒューイット軍の配置については、ユーティライネン侯が配慮を為すと約束してくれた。年寄りの身で戦場に赴く義理の伯父のためにな。だから心配するな」


 心配げに言ったアイラに、自らヒューイット軍を率いるパトリックは苦笑交じりに答える。

 そろそろ老人と言ってもいい年齢のパトリックが軍を直率するのは、継嗣でありアイラの長姉にあたるグレンダ・ヒューイットへの配慮だろうと、親子の会話を横で聞きながらミカは考える。

 立派な跡取りに育ったグレンダを今失うわけにはいかない。また、敵がラーデシオン教徒のダリアンデル人に容赦ない純粋派ノーザーランド人である以上、もし捕えられれば男以上に残酷な運命が待っているであろう嫡女を危険な戦場に送ることは避けたい。敗北して死ぬのであれば、老い先短い自分の方がいい。パトリックがそのようなことを考えているのは想像に難くない。

 パトリックと別れの言葉を交わしたアイラは、次に最愛の夫であるミカの方へ歩み寄る。


「……ミカ、あなたの無事を毎日神様に祈るわ。生きて帰ってきて。お願いよ」

「大丈夫だよ、アイラ。パトリック様と同じように、僕もサンドラ様から配置については配慮してもらえるから。それに、ヴァレンタイン軍の皆もついててくれる……何より、僕は運に恵まれてるからね。絶対に生きて帰ってくるよ。約束する」


 ミカは自信満々に、少なくとも表向きはそう見えるように振る舞って答え、アイラをしっかりと抱き締める。アイラもミカの背に手を回し、二人はしばし互いの体温を感じる。

 そしてミカは、アイラの傍らで見送りに立っている子供たちに視線を向け、笑みを浮かべる。


「お父さま、からだに気をつけてね。元気で帰ってきてね」

「おとさま、いてらっしゃい」

「アンリエッタもフレードリクもありがとう。二人のためにも、元気に帰ってくるよ」


 一歳半を過ぎた次子フレードリクも、四歳になったアンリエッタに手を握られ、今は自らの足で立って見送りに臨んでくれている。ミカは愛しい娘と息子に答え、二人の頭を撫で、額に口づけをしてやる。


 そうして領主一族が別れのひとときを過ごす横では、出征する他の者たちも家族や友人と別れを惜しんでいる。

 ディミトリは、ビアンカとナタリヤと、昨年に生まれた次女と。ヨエルは養女イルメリと、昨年に結婚した妻と。ジェレミーはイェレナと子供たちと。ルイスも彼の妻と子供たちと。民兵たちもそれぞれ家族や親しい人々と。話したり抱き合ったりして、最後となるかもしれない時間を過ごしている。

 この地で確かに人生を育んできた彼らの様を見回したミカは、次に村の光景を見回す。

 当初は人口百人ほどの小さな村だったここは、今では随分と建物が増えた。新しい家屋が何十と並び、昔の領主館は宿屋となり、領内社会の需要に応えるために商店や工房も作られている。

 村はただ拡大しただけでなく、家々を囲む空堀と土塁と丸太柵の建造も順調に進んでおり、小都市と呼ばれるようになる日も近い。北側にはヴァレンタイン城が、領主家の居所として、領地運営の中心として存在感を放っている。

 そこに暮らす領民は、昨年ついに四百人を超えた。古参領民たちだけでなく、新参の領民たちも、この地で新たな生活を築きながら領内社会の一員として歩んできた。志願した民兵の過半は新参の領民で占められており、見送りの場には、古参新参を問わず領民の大半が出てきている。


 この地の領主になってもうすぐ八年。守るべきものが随分増えた。ミカはそう考える。

 これからも、生涯をかけて、自分は守るべきものを守り続けなければならない。人も、土地や財産も、そして未来も。一国一城の主になるとはそういうことだ。領主として生きる日々を通して、自分はそのことを真に理解してきた。

 この出征に臨むのも、領主の義務を果たすため。家族と、家臣たちと、領民たちのためにこそ自分は戦場に赴く。ヴァレンタイン領に戦いが迫ることもなく平和だったこの数年間の生活を、この先の数十年も続けるためにこそ出撃する。


「……それじゃあ行ってくるよ、アイラ」

「ええ。行ってらっしゃい、ミカ」


 最後にアイラと口づけを交わし、ミカはヴァレンタイン軍を率いて出発する。

ここまでが第四章となります。お読みいただきありがとうございます。

引き続き本作をよろしくお願いいたします。


また、書籍版『うちの村だけは幸せであれ』のカバーイラストが解禁されました。

ジョンディー先生に美麗なイラストを手がけていただいています。

ミカがアイラと一緒に表紙を飾り、後方にはディミトリもいて、物語の始まりを象徴するような一枚ですね……!

3月14日に発売予定となっています。よろしければお手に取っていただけますと幸いです。


挿絵(By みてみん)

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