第103話 大首長
ダリアンデル地方南西部において、純粋派ノーザーランド人たちが着実に支配域を広げている初夏のある日。入植の拠点たる港湾都市ネア・ラクリナレサイアの傍ら、丘の上に立つ城の前庭に、大首長クラウダ・ファーランハウネはいた。
彼の前に並ばされているのは、薄汚れた衣服に身を包み、顔中に傷や痣のある十数人の男女。老人も若者も、中には子供もいる。
彼らはダリアンデル人――襲撃を受けて生け捕りにされ、強制的にラクリナレス教へと改宗させられた上で奴隷として使役されている者たちだった。
純粋派はダリアンデル人を必ずしも皆殺しにするわけではなく、こうして奴隷化することで労働力を手に入れている。純粋派の支配域に現時点で数千人もいるダリアンデル人奴隷のうち、この十数人が城に連れてこられたのは――彼らがノーザーランド人たちに隠れて、改宗後もラーデシオン教の邪神への祈りを捧げていたため。
「罪を犯した奴隷への罰は処刑と決まっておりますが、こいつらの罪は特に重いため、大首長閣下より沙汰を賜りたく……他の奴隷たちへの見せしめなどに使いようもあるかと存じます。いかがいたしましょう?」
クラウダにそう尋ねたのは、純粋派の首長の中でも最も若いヴァルナー・メイエランデル。二十代前半ながら優れた武人かつ指導者であり、大首長への尊敬と忠誠心を隠さない彼を、クラウダは大いに気に入っている。側近の一人として重用し、ネア・ラクリナレサイアの治安維持という重要な仕事を任せている。
「まったく、なんと愚かな。我らが絶対なる神の恩寵を踏みにじるとは……心の奥底まで邪教に染められて腐りきった屑どもが」
ヴァルナーと彼の配下たちによってここまで連行され、後ろ手に縛られて怯えた顔で座り込んでいるダリアンデル人たちを見回し、クラウダは吐き捨てるように言った。
本来は直ちにこの世から消し去るべき邪教徒たちを、しかし殺さずに改宗させる。これまでの邪教信仰を悔い改めて真の神に祈りを捧げさせる。預言者ラクリナレスを介して慈悲深き教えを説いた神の御言葉を信ずるからこそ、クラウダはそうしてダリアンデル人たちに正しく生きる機会を与えてきた。
彼らが真の神を信仰しながら純粋派に忠実に仕え、そうすることで贖罪を果たして真にラクリナレス教徒となった後は、同胞として扱うつもりだった。十年も奴隷労働に従事すれば解放してやるつもりだった。そうしてやると奴隷たちにも伝えていた。
それなのに、このダリアンデル人たちは裏切った。これ以上ないほど寛大な待遇を与えられたにもかかわらず、何故自分の慈悲に唾を吐きかけ、神の愛に背を向けるような真似をするのか、クラウダには理解不能だった。
「……屑はお前らの方だ」
奴隷の一人、唯一怯えた表情をしていなかった若い男が、憎悪の込められた目でクラウダを見上げながらぼそりと言った。
ヴァルナーが気色ばんで剣を抜き、男を斬ろうとするが、クラウダはそれを手で制し、無言で男を見下ろす。
「お前ら何なんだ。いきなり村にやって来て、皆を殺して……俺の両親も妻も、お前らの仲間に殺された。まだ小さい子供たちとは引き離された。こんなことをした奴らの神なんて、どうして信じられるっていうんだ。俺たちが今まで信仰してきた神様に、家族が安らかに眠れるよう祈ることくらい、許してくれたっていいじゃないか。俺たちが何をしたっていうんだ。お前ら本当に、何なんだよ……」
男は語りながら、涙を流し始める。その様を見たクラウダはヴァルナーの方を向いて頷く。ヴァルナーの剣が振り下ろされ、男の首が落ちる。
この状況でこちらを睨みつけた度胸に免じ、家族の待つ邪神のもとへ男を速やかに送ってやった後、クラウダは深々と嘆息する。
邪教徒たちは奴隷となって悔い改める機会を与えられた。まだ邪教にあまり染まっていない幼い子供たちは、親から隔離され、純粋派の子供たちと共に正しい教育を施されてそのまま同胞となることができる。どう考えても自分たちが奴らに与えている待遇は寛大なものなのに、どうして理解されない。
「……いや、これは聖戦だ。聖戦が楽に進むはずがない。これもまた神より与えられし試練なのだろう」
己に言い聞かせるように呟きながら、クラウダは思案を巡らせる。目の前に並ぶダリアンデル人たちの扱いを考え、そして再び口を開く。
「ヴァルナー首長。貴殿の言う通り、この屑どもには使いようがある。こ奴らの大罪を許す余地はないが、他の奴隷たちを教育するために、こ奴らを利用することはできる……ネア・ラクリナレサイアの中央広場にて、こ奴らを火炙りに処す。できるだけ多くの奴隷に処刑の様を見せ、邪教に縋り続けた者がどうなるかを知らしめるのだ」
「素晴らしい御考えにございます。ただちに準備いたしましょう」
ヴァルナーは不敵に笑いながら答え、自身の配下たちに火炙りの準備を急ぎ行うよう命じる。彼の配下たちは即座に動き始める。
一方で、クラウダの言葉を聞いたダリアンデル人たちは、顔面蒼白となって狼狽える。
「ま、待ってください!」
「私たちが間違っていました! 愚かでした!」
「お願いです! 今ここで殺してください! 剣でひと思いに!」
「子供だけは! この子だけは許してください! 母親の私が無理やり祈らせただけなんです!」
生きたまま焼かれるという無惨な刑罰に怯えて騒ぎ始めたダリアンデル人たちは、しかしその訴えを聞かれることはなく、市街地の方へと連れていかれる。
「閣下。刑の執行は私が行いましょうか?」
「……いや、私自ら執り行おう。この処刑が、神より使命を与えられし私の判断であることを皆に印象づけたい。それに、処刑を見る奴隷たちに今一度教えを説きたい」
クラウダはそう言うと、ヴァルナーと共に城を出る。それぞれが首長として従える配下たちを連れて、ネア・ラクリナレサイアの市街地に入る。
クラウダたちはダリアンデル地方に支配域を確立した後、故郷から家族を呼びよせたので、今では女性や子供、老人などもこの地に暮らしている。老若男女が行き交い、賑わいを見せる大通りを進むクラウダは、都市に暮らす住民たちの注目を自然と集める。
「あっ、大首長様! こんにちは!」
「お勤めご苦労さまです!」
住民たちの視線に畏怖の色はなく、、むしろ彼らは親しみと敬愛の念を込めてクラウダを見る。クラウダにかけられる声も、気軽な挨拶や、彼の職務への労いの言葉など、彼への好印象を裏付けるものばかり。
「皆、ありがとう。今日もそれぞれの仕事に励んでいるようだな。ご苦労」
それに対して、クラウダも穏やかな微笑を浮かべ、軽く手を掲げて答える。その様は優しき為政者そのものだった。
住民たちと笑顔や言葉を交わしながら歩くクラウダは、ふと路肩に目を留める。そこには数人の子供たちが集まっており、何やら喧嘩をしている様子だった。
「お前たち、どうしたんだ。そのように言い合いなどして。泣いている者もいるではないか」
「わっ、大首長さま!?」
喧嘩に夢中になっていたらしい子供たちは、クラウダの登場を受けて驚きに目を丸くし、叱られると思ったのか、気まずそうに互いの顔を見る。
「どうして喧嘩をしている? 話してみなさい」
「……あの、大したことじゃなくて。ただ、こいつが俺の弟をチビだってからかって泣かせたんです。こんなチビじゃあ強い兵士にはなれないから役立たずだって。それで俺が怒って殴ったら、こいつまで泣き出しちゃって。こいつと一緒にいた奴らが謝れって言うから、俺はこいつこそ謝るべきだろって言ってて……」
一人の少年がそのように語り、喧嘩相手の少年たちも異論はない様子だった。クラウダは顎に手を当てて少し考えた後、口を開く。
「なるほど。弟をからかわれて怒るのは尤もなことだ。身内を守ろうとするその勇気は誠に素晴らしい」
クラウダが語ると、褒められた少年は目を丸くして驚き、喜びと照れからか顔を赤くする。
「だが、怒ったからといっていきなり殴るのは良くないな。まずは、弟を傷つけることを言うなと訴え、謝れと伝えるべきだった。我々は人間だ。人間には言葉がある。いきなり襲われて正当防衛で力を振るうような場面でもない限り、まずは暴力ではなく言葉をもって自分の考えや気持ちを伝えることが大切だ」
「……はい。ごめんなさい」
一転してしゅんとした表情で少年は答えた。クラウダは優しく笑って頷き、次に喧嘩相手の少年たちの方を向く。
「他者の身体のことをからかうのは良くないことだ。お前たちも私に言われるまでもなく、本当は理解していると思うが、どうだ?」
「……はい、分かってます。ごめんなさい」
「よくないと分かってて、冗談のつもりで言いました。悪いことでした」
大首長に反抗できるはずもなく、少年たちは素直に答えて頭を下げる。
そして彼らは、クラウダが何を言うでもなく互いに謝り、許し合う。その様を見て頷き、クラウダはさらに語る。
「私の配下の中には、男の平均よりもずっと背が低いが、大柄な者たちよりも強い者もいる。お前たちがからかったその少年もそうなるかもしれないし、そうならなかったとしても、勉学に励んで文官や商人になる道も、何かの腕を磨いて職人になる道もある。そうなれば誰からも役立たずとは言われないだろう。社会は様々な特技を持った者たちが、各々の役割を果たすことで成り立つ。何か不得意なことがある者は、他に得意なことを見つけ、それを仕事として励めばいい……誰しもが社会の中に居場所を持ち、誰しもが一人の人間として尊重される。私はそのような、皆が幸せに暮らせる社会を作りたいのだ。お前たちも協力してくれるか?」
クラウダの言葉に、少年たちは顔を輝かせながら頷いた。
「何とも頼もしいことだ。お前たちのような素直な子供たちがいれば、我ら同胞の未来は明るいだろう」
「……あの、大首長様。邪教徒たちは? 邪教徒たちは尊重されないの? あの人たち幸せに暮らさないの?」
少年の一人に尋ねられたクラウダは、腕を組み、どう語るべきか思案する。
無邪気な問いに対して、怒りや呆れは覚えない。純粋派の同胞の中で育った子供たちは、この地に来るまで邪教徒を見る機会などほとんどなく、一見すると自分たちと変わらない見た目の邪教徒たちをどのように扱うべきか戸惑うところがあるのだろう。そう考える。
「……よく聞きなさい。邪教徒は人間ではない。姿かたちが人間に似ているだけの獣だ。だからこそ私と首長たちは、兵を率いて邪教徒を討伐している。あるいは捕らえてラクリナレス教へと改宗させ、正しき神の教えを説きながら奴隷として使役することで、奴らが獣から人間になるよう導いている。いいか、人間とはすなわちラクリナレス教徒だ。ラクリナレス教徒だけが人間だ。そのことをしっかりと心に留めておきなさい」
クラウダがそう語ると、子供たちはいくらか腑に落ちたのか、素直に頷いた。
「よろしい。それでは皆、よく遊びよく学び、親の言うことを聞いて家族を助けなさい」
子供たちは元気よく答え、仲直りをして一緒に遊ぶことにしたらしく、駆けていく。その様を微笑で見送ったクラウダに、新たに声をかける者がいた。
「さすがは大首長閣下、子供が相手でも話をされるのが上手い」
「……ミハイル、無事に戻ったか」
振り返ったクラウダの視線の先に立っていたのは、クラウダの側近であるミハイルだった。暗い金髪を乱雑に伸ばした大柄な側近は、クラウダの配下の半数を預かり、北の方へと支配域拡大に赴いていた。
「ちょうどさっき戻ってきて、城まで報告に行こうかと思っていたところでした……少しばかり厄介なこともありましたよ、今回の任務では」
「厄介なことというと、北に上陸したという別の入植者集団か」
主人の問いに、ミハイルは歩み寄りながら頷く。クラウダはそのまま彼も伴って広場まで歩きながら、報告を受ける。
北に上陸した別の入植者集団というのは、言葉通り、クラウダの率いる純粋派の一行とは別でダリアンデル地方に住み着いたノーザーランド人の移民団のこと。
クラウダたちがダリアンデル地方を新天地と見なして入植を開始した一方で、奇遇にも同じようなことを考えた一派がいた。彼らは純粋派ではなく、単に狭苦しくなったノーザーランドを脱出して新たな地で豊かに暮らすことを目論み、昨年の秋頃に集団でダリアンデル地方の北西部へと上陸した様子。
上陸地点はこのネア・ラクリナレサイアよりもずっと北の方だが、互いに支配域を広げ、ミハイルによると今回の支配域拡大で遂にあちらと境界を接したという。
「案の定、北の連中と軽く揉めました。向こうの首長の一人が出張ってきて、こっちがさらに北に進んでくるようなら、敵対行動と見なすと言われましたよ。今回のところは、こっちの首長たちに伝えると言って引き下がってきましたが……」
「……そうか、よくやった。その対応で問題ない。北の連中は正直に言えば邪魔だが、同じラクリナレス教徒だからな。将来的には分からないが、未だこの地での足場が固まりきっていないうちから下手に殺し合う事態は避けたい」
ミハイルの報告にそう答え、クラウダは小さく嘆息する。
同じノーザーランド人のラクリナレス教徒。だからこそ話し合いの余地はあり、向こうもいきなり襲いかかるような真似はしてこないが、しかし味方というわけではない。あちらの存在を楽観視はできない。
「北への支配域拡大は一旦止め、今後は南と東に注力しよう。その上で、北には警戒の兵力を常に置くようにする。故郷の地では、我ら純粋派を邪魔者扱いしていた連中だ。あちらの方から係争を仕掛けてくる可能性もある……首長たちを集めて会議を開き、あらためて対応の詳細を決めなければな」
厄介だが、今のところは無難に共存していくしかない。そう考えながら、クラウダは語った。
お知らせです。
本作『うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~』の書籍情報が解禁されました。
GAノベル様より、2026年3月14日に発売されます。
イラスト・キャラデザはジョンディー先生に手がけていただきます。
カバーイラストの解禁はもう少し先になりますが、Amazon等の販売サイトでは予約が始まっているようです。
書籍のかたちでも本作を楽しんでいただけますと幸いです。何卒よろしくお願いいたします。




