第102話 年月を重ね
年が明け、聖暦一〇四八年の一月。ヴァレンタイン城の広間には、数人の若い領民が集められていた。ミカは傍らにディミトリとマルセルを控えさせながら、この領民たちと向き合っていた。
「――それでは、今この時から、君たちはめでたくヴァレンタイン家の家臣になった。日に日に発展していく領内社会を守り、ヴァレンタイン家を支えてくれることを期待しているよ」
ミカがそう語りかけると、集められた領民たちは力強く頼もしい声で応える。
彼らは皆、ミカがこの村に来る以前から暮らしている古参領民。そして今、ミカから提案を受けてそれを承諾し、ヴァレンタイン家の家臣団の一員となった。
昨年のうちにヴァレンタイン領に受け入れた移民は、エルトポリの貧民やユーティライネン領各地の農村の次子以下などから合計で八十人ほど。領地規模が一段大きくなったことに合わせ、ミカはこうして家臣を増やした。
「給金として君たちに与える農地に関しては、これからマルセルに詳細を説明してもらうね。その後はジェレミーとルイスのところに行って、仕事の詳細な説明をしてもらって」
頷いた新米家臣たちがマルセルに連れられて別室へ向かうのを見送り、家臣任命という重要な仕事が一段落したミカは一息つく。
家臣の中でも側近格であるディミトリとマルセルとヨエルは、家族と共にヴァレンタイン城に部屋を与えられて暮らし、ミカから衣食住全ての面倒を見られた上で、自分の裁量で使うための給金も受け取っている。一方でジェレミーとルイス、そして今回家臣になった者たちと今後家臣になる者たちは、村の中でも城に近い位置に新たな家――一般的な領民たちのものよりも多少広い家を与えられ、収入源として土地を受け取る。
彼らは家長やその継嗣として既に農地を持っている者を含め、幾らかの農地の所有権を割り当てられる。普段は家臣としての仕事があるため、農地の管理は家族に任せ、そして実作業はこの地に移住してきた新領民などに小作料を支払って頼むことになる。
三圃制とクローバー栽培の導入、そして犂の使用によって農地面積あたりの収穫量が飛躍的に向上し、農耕馬や脱穀機やふるい機のおかげで農作業の効率も最大限に高まったヴァレンタイン領では、一般的な小領と比べて領民たちに仕事量の面で余裕がある。そのため最近は、多くの領民が庭の野菜畑でハーブや煙草などの商品作物を育てたり、木工製品や布などを作ったりと副業に勤しんでいる。そんな領民たちにとって、ヴァレンタイン家家臣たちの農地を彼らに代わって耕すというのは、自身の農作業と併せてできる上に割の良い、人気の仕事となることが見込まれる。
ユーティライネン領やヒューイット領などの比較的大きな領地では、家臣の数も多いために土地のかたちで給金を与える仕組みが普及しているらしく、ミカもサンドラやパトリックの助言を受けてこの仕組みを導入した。家臣たちは領主家に近しい立場として領地内で発言権を強めるほか、広い農地を所有する地主のような存在になっていく予定。
この体制が発展していけば、領内に徐々に貧富の差が生まれていくことになるが、それは村の規模が拡大して小都市となっていく上で避けられない道。今までのような、村全体がひとつの大家族のように暮らしていた頃とは領内社会の雰囲気も変わっていくが、領地発展が早まった結果としてミカは受け入れている。
「さてと。僕たちは少し休憩して、また外での仕事に戻ろっか」
「それじゃあ、茶を淹れてくれるよう誰かに頼んできます」
ディミトリがそう言って厨房の方へ歩いていき、入れ替わりで広間に入ってきたのは、ミカの愛する妻アイラだった。
「ミカ、家臣の任命は無事に終わった?」
「うん、何も問題なかったよ。新しい家臣たちも皆やる気満々で、すごく頼もしかった」
ミカとアイラはそう話しながら、広間のテーブルに並んで座る。
「それはよかったわ。重要なお役目ご苦労さま」
「ありがとう。これもヴァレンタイン家を強く大きくするためだからね」
優しい微笑を浮かべて言い、アイラはミカの頬に口づけする。ミカは安心感と少しのくすぐったさを覚えながら、クスッと笑う。
夫婦となってから三年以上が経っても、二人の仲の良さはまったく変わっていない。むしろ、支え合って生きていく年月が重なるほどに愛情と思いやりは深まっている。
昨年には、夫婦として新たに喜ぶべき報せもあった。
「アンリエッタと、これから生まれてくるこの子が平和に暮らしていけるように、この調子で家と領地をもっと発展させていかないとね……この先ダリアンデル地方がどうなるか、本当に分からないし」
「今の調子で発展させていけば、うちの村はきっと大丈夫よ。こんなに順調なのもミカが一生懸命頑張ってくれているからこそだわ。あなたのおかげでアンリエッタはすくすく育っているし、私はこの子を安心して生むことができる。本当にありがとう」
そう言いながら、アイラは自身の腹部を優しく撫でる。
彼女が第二子を身ごもっていると分かったのは、昨年の晩秋のこと。二度目のことなのでミカもアイラも初めてのときよりは落ち着いて、しかしやはり大いに喜んだ。
間もなく、厨房からディミトリが戻り、彼の妻ビアンカがお茶を運んできた。ミカとアイラの声が聞こえていたのか、彼女はアイラの分のお茶も持ってきてくれた。
それからアイラと側近夫婦と共に休憩し、和やかなひとときと魔石の粉末入りのお茶で気力と魔力を回復させたミカは、ぐっと伸びをして立ち上がる。
「それじゃあ、そろそろ家屋建設に向かわないと。領民の皆が資材を準備して待ってるだろうし」
「行ってらっしゃい。外は寒いでしょうから、無理をしないで気をつけてね」
伴侶の言葉に頷き、彼女と抱擁して口づけを交わし、ミカは外套を着込んで広間を出る。その後ろにディミトリが続く。
「さあディミトリ、夕食の時間まで頑張ろう」
「はい、ミカ様」
冬が明けたら、また新たな移民がやってくる。家屋は幾らあっても多過ぎるということはなく、農地も広げられるだけ広げる方がいい。平地と建築資材を得るために、森林の伐採を進めることも重要。
念魔法の才を宿した己の身こそが領地発展の最大の戦力であるミカは、今日も領民たちの先頭に立って仕事に取り組む。
新年あけましておめでとうございます。
2026年も何卒よろしくお願いいたします。
今年は既にいくつか活動予定を控えており、近いうちに徐々に詳細をお知らせできるかと思います……引き続きエノキスルメの活動を見守っていただけますと幸いです。




