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うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~【書籍化決定】  作者: エノキスルメ
第四章 新たな時代

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第101話 純粋派

 ノーザーランドは、大陸の北西端に位置する一帯の呼び名である。


 辺境であるが故に古の帝国にも支配されることのなかったこの地は、土地所有者である独立民たちを中心として社会が構成されている。独立民たちの下には小作農などの下層民や奴隷身分の者たちがあり、そして独立民たちの上には、彼らを取りまとめる顔役としての首長がいる。

 一般的な独立民よりも広大な土地と、そこで働く多くの労働者を抱え、経済的にも政治的にも周辺一帯に影響力を持つ首長が各地を統率するかたちで、ノーザーランドの平穏は長年にわたって維持されてきた。面積に対して人口が少ないノーザーランドでは、わざわざ奪い合わずとも土地もそこから得られる資源も豊富であるために、社会に余裕があり、個人単位での些細ないざこざを除けば人間同士の争いは滅多に起こらなかった。そのため、首長と独立民たちによる合議、そして首長同士の合議が全てを解決し、さらに大きな枠組み――いわゆる「国」と呼ばれる共同体は発展しなかった。

 ノーザーランド人たちにとっては住み慣れた故郷であるこの地は、しかし他民族からすれば山がちで起伏の激しい寒冷な土地であるために魅力的とは言えず、外敵による侵攻とは無縁だった。また、大海に面した沿岸部や山間部のフィヨルドに暮らし、日常的な交通手段として船を使うために航海技術に優れる彼らは、ときに外の世界への航海にくり出し、交易によっても多くの富を得ることができた。


 同胞同士で争うことなく、周囲に脅威を抱えることもなく、信仰や隣人たちとの交流を大切にしながら変化の少ない歴史を数百年も重ねてきたノーザーランドの社会が変わり始めたのは、この数十年ほどのこと。原因は、人口の増加による土地の不足だった。

 地域の外からもたらされる知識をもとに、ノーザーランドの農業や漁業は徐々に発展し、それに伴って人口も徐々に増えた。平坦な沿岸部、あるいは山や丘陵の狭間に農村がぽつりぽつりと点在する閑散とした地だったノーザーランドは、ついには人間の居住できる土地がほとんど全て埋まってしまった。

 そうなって初めて、ノーザーランド人たちの間に係争が起こるようになった。彼らは土地やその恵みを巡って地域間で衝突するようになり、係争を主導する立場として重要性を増した首長たちの権勢は高まった。農業と漁業と狩猟だけでは全ての人口を支えられなくなり、交易だけでなく掠奪をも目的として航海が行われるようになった。


 それと並行して、一部のノーザーランド人たちの内面にも変化が起こった。彼らが古来から信仰するラクリナレス教。これを殊更に絶対視する一派が現れた。

 偉大な預言者ラクリナレスの教えこそが絶対。それ以外の全ては邪教であり、邪教を信ずる異教徒の存在を許してはならない。いつしかこのような考え方に至った一派は、そのまま信仰を先鋭化させていった。彼らは他のノーザーランド人たちから「純粋派」と呼ばれるようになり、彼ら自身もそう称するようになった。

 社会の閉塞感から信仰に救いを求めた多くの者が仲間に加わり、純粋派は一大勢力を築いた。しかし、異民族出身の奴隷や外の世界から来訪した商人といった、社会の維持には今のところ必要不可欠な異教徒の存在さえ許容しない彼らは、段々と他のノーザーランド人たちから白眼視され、煙たがられるようになった。他のノーザーランド人たちとの対立を深め、ときには大きな武力衝突さえ起こるようになった。

 また彼らは、次第に「異教徒が支配する地を征服してラクリナレス教を広めるべき」「世界をラクリナレス教徒で埋め尽くすべき」という考えをも持つようになっていった。故郷ノーザーランドで居場所を失いつつあり、外の世界に自分たちの存在意義を見出した純粋派の指導者たちは、旅立ちを決意した。


 そんな彼らが新たな定住の地として目をつけたのが――東の海を渡った先にある、ダリアンデル地方だった。ノーザーランドとはまた違う歴史的経緯から国と呼べる大きな共同体を持たず、大小の領地が並び立つダリアンデル地方は、人口の面でそれなりの規模を抱える純粋派からすれば狙いやすい地だった。

 侵攻の第一波となった軍勢――四十隻の船に乗った千二百人の男たちは、交易や掠奪でダリアンデル地方西岸を訪れたことのある者たちを案内役に、中規模の港湾都市に侵攻。港から攻勢を仕掛ける本隊と、付近の海岸に上陸して都市の門を塞ぐ別動隊の連携によって、容易に征服を成した。異教徒どもを皆殺しにし、橋頭堡となる良好な港を確保した彼らは、第二波、第三波となる軍勢を招き入れ、都市の周辺へと支配域を広げ始めた。


 ノーザーランド人の独立民は、勤勉な農民であり、巧みな漁師であり、優れた猟師であると同時に、己の一族と土地、そこに暮らす下層民や財産たる奴隷と家畜を守るために武装し戦うことをも己の義務としている。新たな定住の地を手に入れるために意気込む彼らと、彼らに付き従って成果を上げることで己も独立民にならんとする下層民や奴隷たちは、凄まじい士気の高さでダリアンデル人たちを駆逐した。

 各々が独立した支配者であり、単独では多くとも数百人程度の兵力しか揃えられないダリアンデル人領主たちは、いきなり現れて千人規模で暴れ回るノーザーランド人たちに対抗する術を持たなかった。ラクリナレス教の純粋すぎる信徒である侵略者たちは、ラーデシオン教徒――彼らの言うところの「邪教徒」たちを見つけると虐殺し、ときには改宗させて奴隷化しようと攫った。

 ダリアンデル人たちのものだった土地や家畜、当座の食料となる収穫直後の作物を奪い、この地における定住の目途が立ったところで、彼らは故郷から非戦闘員――自分たちの妻子や老いた親を呼び寄せた。最初の上陸から半年ほどが経った現在、ダリアンデル地方に居ついたノーザーランド人の数は、一万に迫ろうとしている。


 ダリアンデル地方における純粋派の拠点となったホールモント――呼び名をネア・ラクリナレサイア(新たなるラクリナレスの家)と改められた港湾都市の傍ら。かつてはこの地の領主の居所であった丘の上の城に、純粋派の指導者たちが集っていた。


「冬までに一定の領土を獲得するという我らの計画は、ひとまず無事に達成されたと言っていいだろう。これも我らが絶対なる神の御加護あってのこと。神が我らの行いを見守っておられることの何よりの証左だ」


 純粋派を率いる首長たち。その筆頭たる大首長クラウダ・ファーランハウネは、集った一同を見回して言った。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。


「まさしく大首長閣下の仰る通り。加えて申し上げれば、神の御加護にお応えせんとする閣下のご奮闘の結果と言えましょう」

「左様、閣下に付き従ったからこそ、我らはここまで順調に目的を成し遂げることができました」


 そのように答えながらクラウダを見返す他の首長たちの表情には、彼に対する信頼の念がありありと浮かんでいる。彼が聡明さと寛大さを備え、皆から慕われる良き指導者であることを、この光景こそが示している。

 ノーザーランドでも特に有力な首長の嫡男として生まれたクラウダは、純粋派の思想に染まっていた父に倣い、自身も同じ思想に傾倒した。父の跡を継いで首長になると、政治や軍事における才覚を発揮し、純粋派の主要な指導者の一人となった。

 ノーザーランドからの旅立ちとダリアンデル地方への移住はクラウダの発案であり、その第一歩を成し遂げたことで、彼の求心力は他の純粋派首長の追随を許さないほどに高まった。ついには首長たちの上に立つ首長――大首長の呼称を与えられ、三十代半ばにして、純粋派ラクリナレス教徒の頂点に君臨することとなった。


「首長諸君の言葉に感謝する。だが、これは私一人では決して成せなかったこと。この世界で最も純粋なラクリナレス教徒として我らが結束しているからこそ達成した偉業だ……これで、我らはこのダリアンデルの地で冬を越すことができる。だが、邪教徒の跋扈する地を浄化する我らの戦いは始まったばかりだ」


 それまで穏やかに語っていたクラウダは、そこで表情を引き締め、厳かに言った。


「冬の間に心身を休め、そして冬が明けたら再び戦いに臨む。我らが領土を拡大し、より多くの同胞をこの地に招き、我らの血と信仰を受け継ぐ子を生し、ダリアンデルの地をラクリナレス教徒で満たそう。邪教徒どもを一掃し、世界をラクリナレス教徒で満たす。この偉大なる聖戦における最初の勝利を、ダリアンデルの地で成し遂げようではないか!」


 クラウダが高らかに吠えると、首長たちも同じ熱量で応えた。

 世界をラクリナレス教徒で満たす聖戦。その第一歩となる、ダリアンデル地方の征服。クラウダたちはこの壮大な計画を、生涯の使命と位置づけている。自分たちの一代をかけて、さらには子や孫の世代までかけて、邪教徒たちを駆逐し、ダリアンデル地方を純粋派ラクリナレス教徒で埋め尽くさんと考えている。

 聖戦を始めた世代として、自分たちは伝説になる。クラウダはそう信じながら、正しき神の信徒として己の使命に燃える。

2025年も読者の皆様には大変お世話になりました。

次回金曜日は更新をお休みさせていただき、2026年は1月5日から更新を開始いたします。

来年もエノキスルメの活動を何卒よろしくお願いいたします。

どうぞよいお年を。

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