第100話 備えるべき理由
晩夏。ミカはヴァレンタイン領の西、かつてコレット領のあった地を訪れていた。西の国境防衛の要となる砦、その建造作業を支援するために。
「わあー、すっげえ! ヴァレンタイン城と同じくらいでけえ!」
「あははっ、ここはいざというときのノイシュレン王国の防衛線だからね。完成したらすごく立派な砦になるはずだよ。暮らすためじゃなくて戦うための場所として諸々の設備が作られるから、頑強さではうちの城よりも上になるだろうね」
コレット領の跡地に建造が進む砦を見て興奮した様子で言ったのは、マルセルの息子シリルだった。今回ミカのお供の一人として同行することを許され、生まれて初めて故郷の村を出た彼の無邪気な様子に笑いながら、ミカはこの砦について説明してやる。
シリルの他にも、護衛役のディミトリとジェレミー、そしてキャンベル商会の荷馬車もミカに随行している。アーネストの部下である商会員が操る荷馬車に積まれているのは、大量の食料と、酒などの嗜好品も少々。砦に生活物資を供給するのは、国境監視と防衛の後方支援拠点であるヴァレンタイン領の重要な役割となっている。
「ヴァレンタイン閣下! ご足労いただき恐縮です」
「いえいえ、とんでもない。これもユーティライネン家の姻戚としての大切な務めですから。役に立てるよう頑張ります」
ミカたちを出迎えたのは、ユーティライネン家の重臣の一人で、砦の建造の監督と、併せて国境の監視も任されている騎士だった。これまでエルトポリ城を訪問した際などに何度か顔を合わせたことのある中年の騎士に、ミカはにこやかな表情を作って答える。
「僕が直接足を運んだのは数か月ぶりですが、コレット砦もいよいよ全体の輪郭が見えてきたみたいですねぇ。お疲れさまです」
「ありがとうございます。こうして作業を順調に進めることができているのも、ヴァレンタイン家より支援をいただいているからこそです」
建造現場を見回しながら言うミカに、騎士はそう語る。
直径ではヴァレンタイン城と同程度の砦は、周囲を囲む空堀が既に完成しており、掘られた土は内側に盛られて土塁となっている。土塁の上にはさらに丸太が打ち込まれ、敷地を囲む丸太柵は大半が完成している様子。
昨年の春から少しずつ建造作業が進められてきた砦の完成までの歩みは、ミカがヴァレンタイン城を造っていたときよりも早い。ユーティライネン家の抱える土魔法使いがほとんど常に建造作業に参加している上に、労働者の総数もヴァレンタイン城の建造時とは比較にならないほど多いが故の成果だった。さすがはユーティライネン家というべきか、こうした作業に投じることのできる労働力も資金も、ヴァレンタイン家とは桁が違う。
ちなみに、コレット砦という名前は、ミカの提案によって決まったもの。己の領地を守ることに命を賭した、今は亡き隣人ダグラス・コレットの最期に敬意を表したいというミカの要望をサンドラも受け入れ、コレット家が滅びた後も、その家名はこの地に残ることとなった。
「それで、今回は門の周りの建造を手伝ってほしいという話でしたね?」
「はい。門の周りだけは石造りとなるため、人力で建てるとなるとどうしても時間のかかる工程があり……ヴァレンタイン閣下に念魔法でご助力をいただけると、格段に早く完成させることができるため、大変ありがたく」
土塁と丸太柵による防壁はほぼ完成しているが、出入り口となる二つの門の辺りだけは何もない未完成の砦に視線を向けながら、ミカと騎士は話す。
門の枠と、その上に置かれる見張り台を建てる作業を助けるために、今回ミカは建造現場に呼ばれていた。ダリアンデル地方各地の情勢が混沌としていく中で、国境防衛の要となるコレット砦を少しでも早く完成させるために、ミカはこうして時おり手伝いに赴いている。
「それじゃあ、早速作業の説明を聞かせてください」
「はっ。作業現場に案内させていただきます」
物資の荷下ろしをする商会員とそれを手伝うシリルを荷馬車に残し、ディミトリとジェレミーを伴って、ミカは騎士の先導を受けながら門の建造予定地に向かう。
・・・・・・
秋の半ば。ミカはサンドラ・ユーティライネン侯の招待を受け、エルトポリ城へ赴いた。
到着した夜は広間でサンドラと夕食を共にしながら歓談し、翌日の午前。応接室に通されたミカは、そこで仕事の話に臨む。今回の招待の理由について、彼女から詳細を聞く。
「今回呼んだのは、ダリアンデル地方の西端で発生した事態に関して卿と話をしておきたかったからだ」
テーブルを挟んで正面に座るサンドラは、そう本題を切り出した。
「西端で発生した事態……というと、ノーザーランド人の集団が南西部に上陸して、港湾都市を破壊したという?」
「そうだ。既にその事実については知っていたようだな」
「はい。ほんの噂程度の概要だけは、うちの御用商人から聞いていました」
ミカが答えると、サンドラは「であれば話は早い」と言って頷く。
「そのノーザーランド人たちについて、ある程度詳しい情報が集まった。どうやらかなり厄介な状況のようだ……港湾都市を破壊した集団の規模は、噂の段階では語る者によって相当な幅があったが、実際のところは千数百人程度と見られる。その後さらに増援がやってきて、今後もさらに増える可能性もある。さらに言うと、これはあくまでも武器を持って戦う者の数で、港湾都市をただ襲うのではなく占領した後、奴らの妻や子供といった非戦闘員までをも上陸させているらしい」
「……ノーザーランド人たちの目的はただ掠奪や破壊を為すことだけではないかもしれないと聞いていましたが、やはり彼らは単なる賊ではなく、移民団のようなものなのでしょうか」
「そうだな、移民団というのは言い得て妙だ。占領した港湾都市を拠点に、周辺の村落まで襲って家屋や土地を奪取しているようなので、このままダリアンデルの地に居つくつもりと見て間違いないだろう」
彼女の言葉を聞いたミカは、懸念を表情に示しながら思案する。
暴れて掠奪を為すことがノーザーランド人たちの目的ならば、痛めつけて追い払うか、最悪の場合でも暴力の嵐が通り過ぎるのを待てばいい。しかし、彼らの目的が定住となれば、事態はより深刻と考えるべき。サンドラの言った通り、かなり厄介な状況と言える。
「おまけに、奴らの暴れようは相当に酷いらしい。口を揃えて『邪教徒に慈悲は不要』などと言いながら襲撃をくり広げ、交渉どころかまともに会話をする余地もないそうだ。奴らと遭遇したダリアンデル人たちは殺されるか、捕らえられて連れ去られるばかりだと聞いている」
「それは……その様子だと、平和的な共存の余地はなさそうですね。僕たちラーデシオン教徒からすれば、彼らノーザーランド人こそ異教徒なのに、理不尽な話です」
ミカが顔を強張らせながら言うと、サンドラも首肯する。
「殺された者たちの有様は、凄惨を極めていたそうだ。斬り殺されたり突き殺されたりしただけならばまだいい方で、縛られて身体に火をつけられたらしい死体、手足を切断された死体、犯されたと思われる死体がごろごろ見つかっている。老若男女問わず、子供でも容赦なく殺されているらしい。相手がそのような危険極まりない連中なので、我がユーティライネン家の家臣や傘下の商人たちも、ノーザーランド人たちの支配域にあまり近づくことはできず、詳細な情報を集めるのに時間がかかった」
サンドラの言葉を聞きながら、ミカは思わず絶句する。
異教徒に慈悲は不要、という言葉から察するに、今回襲来したノーザーランド人たちの残虐な振る舞いの背景には信仰も大きな要素としてある様子。理屈ではなく信仰が行動原理になっているのであれば、厄介さの度合いはますます高まる。
「ノーザーランド人たちの移民団がどれほどの規模まで膨れ上がるか、奴らがどこまで支配域を広げるつもりなのかは分からない。奴らの襲来は、当面は我らにとって他人事だろうが、年単位で見ればノイシュレン王国にとって間接的な、場合によっては直接的な脅威となるかもしれない……こうなると、軍事的な同盟としての王国の意義はより大きくなる。アルデンブルク王国をはじめとした周辺の大勢力のみならず、危険な異民族から我らの領地を守るためにも、王国はより強靭になる必要がある。王国の西の守りを担うユーティライネン家や、王国領土の西端近くに領地を有するヴァレンタイン家の重要度はますます高まっていくだろう」
「……仰る通りですね。いつかノーザーランド人たちが現実的な脅威として迫ってきたとしても生き残れるように、僕は引き続きヴァレンタイン領の発展に努めなければ」
「ああ。ノーザーランド人たちの情報に加え、この認識を共有したく思い、今回こうして卿を呼んだのだ。南西部の情勢については引き続き情報を集める。卿にはより一層の覚悟をもって、領地発展に臨んでもらいたい」
ミカとサンドラは真剣な表情で頷き合い、将来の脅威となり得るノーザーランド人たちから自領を守るため、より一層の協力関係を築いていくことで意見を一致させる。ミカはコレット砦の建造やその運営の支援に関して、サンドラはヴァレンタイン領の発展に関して、ますますの助力を為すことで同意を交わす。
対話を拒絶してダリアンデル人を虐殺するような集団から、何としても自領の民を守らなければならない。ミカは固く決意する。
100話目に到達です。皆様いつもありがとうございます。




