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猫さんそこにある理由


 貴方が高里くん?と僕の目の前に立つ彼女はいったい誰だろう。春の日の放課後、僕は変な少女に捕まった。

「はい。」

「砂羽の周りをうろつく男?」

「はい?」

「ちょっとお話しない?」

玄関をでるなりついてきて、と連れてこられたのは学校から少し離れた場所にある高校生が出入りしない喫茶店。ここのはどれも値段が高く、遊び盛りの高校生はこんなところでお金を使うなどもったいないとまず来ない。

「あの。」

そんな喫茶店に入り、なれたふうに注文を済まし、ふぅと小さなため息をこぼしてガラスの向こうの通りを眺める彼女に声をかけてみる。

「何?」

何、じゃないでしょうが。貴女がここに連れてきておいて。と俺はため息を零す。

「砂羽の知り合い?」

数少ない友人の一人なのだろうか、と見当をつけて聞いてみる。森本さんとは違ってとても女性らしい仕草をする女の子だった。頼んだメニューもミルクティーとクロワッサンといったなんともシンプルなもので、どこかのお嬢様というイメージを植えつけられる。

「知り合いじゃなきゃ砂羽の話をしにこんなところまで貴方を連れてこないわ。」

「そうだよね。で、話があるんだね?何?」

「貴方、いろいろな女性とお付き合いしていらっしゃるのでしょう?その上砂羽に手を出して。」

店の中に響く柔らかいジャズが耳に入ってくる。向かい合う彼女には全く聞こえていないのだろうなと思った。森本さんも、この子も、砂羽を守るために必死だ。

「お付き合いしていた、だよ。」

「砂羽に手を出しているのは否定なさらないのね。」

「まだ手を出してはいないけど、いずれね。」

何の覚悟か、僕は自分の言葉に笑いそうになった。名前も知らない女の子に何故砂羽をどうこうする話をしなければならないのか。彼女たちは何故そんなにも砂羽を守ろうとするのだろうか。

そう思っているとすらっと背の高い店員がお待たせしました、とトレーからそっと流れるように紅茶などをテーブルに並べていく。最後の紅茶がおかれタイミング良く「ありがとう」と彼女が言うと、ごゆっくりどうぞと丁寧にお辞儀をして離れて行った。

「まだなら、手を引いて。」

スプーンを親指と人差し指だけで持ち、くるくると紅茶を混ぜながら彼女は言った。

「ふっ。」

僕は思わず笑いをこらえきれずに声を零す。

「何?」

彼女の行動が可笑しいわけでも、言葉が可笑しいわけでもない。

「ねぇ、君達さ。どうしてそこまでして砂羽のことを守ってるの?」

僕が女の子にだらし無いからというのはあるだろう。けれどそれだけじゃない、必死に誰にも触らせないように彼女を男から囲うようにして守る、その理由は何だ。

「・・・・貴方はどうして砂羽を選んだの。たくさんの女性がいたでしょう?」

質問に質問で返すなんて失礼だろうということもできたが、さっきまで強気だった言葉が急に弱弱しくなった気がして僕は口を閉じた。

「可愛い、傍にいて楽しい、そんな女の子なんてたくさんいるでしょう?

彼女は別に何ができるわけでもないし、人よりとびぬけてできることもない。何故、砂羽なの?」

いつか似たような台詞を僕は言ったことがある。特別を望む女の子に尋ねた。何故僕かと。

その質問の答えにただの一度も納得できたことはなかった。

「人はプロフィールを見て人を好きになるわけじゃないんだよね。」

口に含んだアールグレイがひどく甘く感じた。しっかりした香りが鼻をぬける。

「え?」

僕は僕が求め続けた疑問を、自分で見つけてしまえた。

「君はまだ人を好きになったことないんじゃない?」

「・・・えぇ。」

「同じ顔をして、同じ言葉を言って、同じことする人間がいたら、その人を好きになれるのか。そう思ってるよね?」

昔、ずっとそう思っていた。砂羽と出会うまえ、人を好きになることを知らなかった僕の疑問。

目の前の彼女はコクンと頷く。あの日の僕と同じだ。

「答えは否だ。」

彼女の手はすっかり止まっている。顔を俯かせたり、窓の外を見たりしながら時折僕の顔を見る。

「砂羽が特別だから好きになったんじゃない、好きだから特別になっただけの話だし。」

理由なんて本当はどこにもないんじゃないかと思う。僕のどこを見て好きだと言えるんだと問うあの日の僕に今ならちゃんと答えられる。

「一生のうちで砂羽だけだとは言えない、砂羽以外を好きになるかもしれない。けどさ。

一生のうちで、砂羽ほど好きだと思える子はいないと思うんだよね。」

「今だけのその感情は・・・あまりに無責任に感じるけれど。」

また責めるような目をして彼女は言う。けれど僕は答えを持っている。

「無根拠なだけだよ。」

無責任じゃなくて、と笑って見せる。そんな彼女の紅茶にため息が零れた。

「まったくこれだから庶民は、何も知らないから言ってられるのよ。」

「で、今度は僕の番だよ。どうして君たちはそんなに砂羽を守るの?」

何かを抱えているのだと彼女は零したが、僕のその質問にはくすくすと笑って首を振った。

「駄目よ、私から聞きだそうとしても。これは砂羽の問題だもの。」

「卑怯だね。」

「卑劣なだけよ。」

卑怯じゃなくて、と彼女は意地悪そうに笑った。

「貴方なら砂羽を奪ってくれるのかしら、あの人から。」

「あの人?」

深刻そうな顔を無理に笑顔にかえると、彼女はすっと立ち上がった。

「ここはおごり、じゃあね。」

呆然とする僕を置いて彼女は爽やかに去って行った。

名前も知らない砂羽を守る者、少しは僕が砂羽を好きだということを分かってもらえただろうか。

こんなに本気になった理由なんて僕でさえ知らないんだよ、とまた窓の外の通りを眺めていた。




名前がまだ考えられなくて無名のまま行きました。

また次に登場する時は名前を与えます笑

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