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猫さん零れおちた熱

 ときどき思うんだけど、もしも僕が離れたら君は寂しいとおもってくれるのだろうか。

そんな馬鹿みたいな疑問に我ながら苦笑する。答えは簡単明白だ、だから僕はその疑問を口にはしない。

これじゃあまるで猫じゃなくて犬ではないのか、とため息さえ漏らす今日この頃。

もしも君が離れたら僕は悲しい。なら君は?なんて馬鹿な問いが頭を離れないのはただ風邪のせいだろう。


 今日は休めない。使い慣れた目覚まし時計に重い手をのせて、ベッドに沈む体を何とか少しだけ動かす。

この重さはあれだ、とため息をつく。今日は休めないんだって、と誰に言うでもなく低く掠れた声を枕に零す。

カーテンのほんの小さな隙間を縫って入り込んでくる光に、喜びと悲しみが詰まる。

外が雨だったなら、休むことも考えていたかもしれない。けれど晴れてよかった。

今日は初めて砂羽がお昼の誘いを受けてくれたんだから、とゆるい頭はそう思う。

 学校に着いたのは二限目をすぎたころだった。

制服を着るのにいつもの倍かかり、いつもは十五分もかからないその距離に四十分をさき、僕は馬鹿だ。

「あ、知佳。」

誰もいない空っぽの教室に砂羽の声が響く。よく見るとたくさんの机の上に脱ぎすてられた服が散らかっている。

きっと体育だろうと納得し、彼女に目を向け笑ってみる。

「おはよ。」

「どうしたの?こんな時間に。」

ひどく心配そうな顔をする。頭痛が襲うようにズキンと何かが僕を締め付ける。

「寝坊しちゃってさ。」

まいったよ、なんて本当にまいっているのは頭が回らないこの状況で君と話していることなんだけどとは言えない。

机の間をぱたぱたと走り寄ってきた砂羽はそっと僕を見上げてくる。

「ほんと?」

嘘、風邪だといえば砂羽はきっと僕を家に追い返すだろう。

せっかく今日は初めてお昼を一緒に食べられる、なんて僕の小さな幸せにも気付かないままあっさりと。

「・・・・ね、砂羽?」

体を戸口に預けて立っているこの状況も疲れる。何故彼女がここにいるのか、僕は知らない。

彼女は謎多き少女だ。僕に理解できるはずなどない。けれど、分かりたいという欲はおさまらない。

もしも。

「何?」

もしも僕がここで死んだら君は悲しんでくれるのかな。

「ちょっ、知佳!?」

体が重く意識が背中から引っ張り出されていくような感覚に僕はきっとその場に座り込んだのだろう。

耳のはしのほうで砂羽が僕の名を呼んでいることしか分からなくなった。

そして僕をそこに残して離れていく足音と、小さな背中を最後に僕はついに眠った。

 ひんやりと気持ちいい感覚に目を覚ますと、案の定保健室の真っ白な天井を仰いでいた。

ふと斜め上にかかっている時計を見ると短い針はもうすでに二時を指そうとしていた。

「知佳!」

誰もいない気がしていたベッドのわきには、心配そうな顔で僕を見る砂羽がいた。

「砂・・・羽・・?」

「はぁ・・よかった。」

よかった、何が?僕は言葉にならない疑問を心でつぶやく。砂羽が隣にいてくれたこと以外いいことなんてない。お昼は過ぎてしまっているし、頑張って学校に来た意味がなくなったのだ。

「ばか。」

泣いたのか、あくびのあとなのかは分からないが彼女の目の端がほんの少しだけ濡れいている気がした。

もしも。

まだ頭が回らないのか、願いのような疑問が頭をめぐる。

「もしも・・僕が離れたら・・・、君は・・寂しいと思ってくれる?」

気付いたら口にしていた。砂羽は驚いた顔をすぐに困った顔に変えた。

そう、こういう顔をすることは分かってたんだ。それでも可能性がもしかしたらあるんじゃないかとか、馬鹿みたいな期待がそんな馬鹿みたいな質問をこぼさせたのだ。

「無茶しないでよ。・・心配したんだから。」

ごめんね困らせて、なんて笑うとトンと彼女が布団に顔を落とした。心配させてごめんと、そんな質問してごめんと、二つの理由があることに彼女は気付かない。

無理して来たのは君とお昼と食べたかったからだということも、彼女は知らない。

いつも僕ばかり、君とお昼を食べたいのも君を好きなのも君が必要なのも全部僕だけ。

本当に僕はもう猫じゃなくて、自分が犬のように思えた。だけど一番欲しいものはいつも手に入らない。

「泣いたの。」

くぐもった声が布団にしみこむ。

「え・・?」

「死ぬんじゃないかと・・思った・・。」

そんな馬鹿な、大げさすぎるといつもなら笑うところなのに、僕は笑うことなどできなかった。

何を言っていいのか分からないのは、風邪のせいか、それとも嬉しいという感情が全てを奪うからか。

「一度死んでおけばよかったかな。」

とりあえず意味もなく零れた言葉のなかに、僕の本音が全て詰め込まれていた。

倒れたくらいで泣いてくれるなら、僕が死んだら君はどうなるのだろう。

そう考えてしまうのはやはり頭が風邪で働いていないせいだと思う。僕のそんな言葉に彼女は顔を上げるなり頬をふくらませて、バカと悪態ついて言った。

「お昼食べるって約束したんだから、殴ってでも叩き起こすよ。」

凶暴な金魚だ、僕は少し荒くなった息の中に笑いを混ぜた。くらくらする、その感覚が気持ちいい。

今はただ今だけは、淡い黄色をしたカーテンの向こうから先生が来ないことを望み、このだるさがいつまでも体を這いまわることを願い、彼女が濡れた目をキッと釣り上げて怒っているこの景色をわすれないことを誓う。

そして耳のはしに彼女のバカという声を聞いて眠る、幸せな日。


題名に困りました。

風邪引きねこさん、よかったね。の回です。

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