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猫さん一つだけの嘘

 雨が降る、と僕が言うと彼女は僕を見つめて言った。やっぱり猫ね、と。

そして予想通り雨が降ると、自ら濡れに行こうとする君はやはり金魚だろうと思った。

雨が降る、その柔らかい空気があの日を思わせる。

金魚が流した涙にふれ、たった一つだけの嘘を零して僕が泣いた日。


 僕が話しかけると話返してくれるようになったころのある日、彼女は泣いた。

僕は好きかどうかなんてわからないままの感情で彼女に話しかけていた。

誰かに興味を持つことがなかった僕にとって、初めて興味の対象が現れたのだからかまわずにはいられない。

休みの日は何をしているだとか、何が好きだとか、どんな音楽を聴くかととか、他愛もない話をしていたかったのだ。

彼女をもっともっと知りたかった。今からすればその時すでに恋に落ちていたのは明白だが、僕がそれに気付いたのはちょうどその日だったようにも思う。

「砂羽。」

雨が降る日の放課後の教室に一人で、机に体を預けて眠っていた砂羽に近づき名前を呼んだ。

柔らかな髪の毛に触れてみたいという興味が突然僕を襲った。

それ以上の欲はない、たんなる興味だった。指をできるだけ優しく髪の毛に触れさせる。

見ため以上に柔らかい髪に僕は少し笑った。その瞬間だ。

「ん・・・?・・やっ!!」

金魚は目を覚ました。

僕はそのことにたいして驚かず手をのせたままでいると、その手を彼女はパンと乾いた音とともに払いのけた。

雨の音が急にうるさくなった。

「ごめん、嫌だった?」

まだうつろうつろと何が起こったのか理解しようとする彼女の目から、冷たい冷たい雨がこぼれた。

「え?」

驚いた。けれど驚きはそこでは止まらない。

静かで穏やかな彼女の無表情が崩れ、彼女は柔らかい声を教室いっぱいに響かせるように叫んだ。

「ど・・してっ!?前にゆったよねっ?・・もう関わらないでって・・触れないでって・・。」

「砂羽?」

目の前で涙を流しながら動転している彼女は明らかにおかしかった。

そんなことを言われたこともない、僕の記憶喪失でもない限り『関わるな』も『触れるな』も。

彼女は息を乱しながら立ち上がって泣きながら僕じゃない誰かに懸命に訴えている。

「はいって・・こないでよぉ・・・っ、きらいっ・・やめてよ・・っ。」

暗い空から降る雨が窓にうつ音に彼女の声が少しかき消された。

「なんでっ・・・どっか・・いくのに、私に・・笑うの。」

僕はその時ふと思った。金魚が泣いたら、誰が気付くのだろうと。

水の中で金魚が涙をこぼしたら、誰が気付くことができるのだろう、と。

「砂羽。」

もう一度名を呼ぶと砂羽は俯かせていた顔をばっとあげて僕の目をみた。

「・・知・・佳。」

「あぁ、よかった。」

何が良かったのか分からないが、僕はそう安堵を零した。

水の中でなくてよかった、きっとそのよかっただろうと見当をつけた。

砂羽が泣いたのが水の中じゃなくて、ちゃんと僕の前で泣いてくれてよかった。

「ごめっ・・今の、忘れて。」

まだ小さく荒い息を整えている砂羽はいつもよりひどく小さく見えた。

そんないっぱいいっぱいな彼女を見たのはその時が初めてで、正直僕も何が何だかわからなかった。

「いいよ、もう、忘れた。」

そう言って笑うと彼女は不思議そうな顔をして、次の瞬間にはふっといつものように笑った。僕を変な人だと笑う、いつもの彼女がそこにいた。忘れるだけで君が笑うなら、今は忘れていようそう思った。

彼女ははあ、と小さなため息をついて涙を拭きとると、ねぇ知佳、と弱く僕の名前を呼んだ。

外の雨にかき消されそうな小さな声を拾って僕はん?と聞き返す。

「・・・知佳は猫だから、すぐに飽きてくれるんでしょ?」

この時、僕は彼女が好きだと気付いた。自分がその答えをもうすでに持っていることを知った。

教室の蒸し返す温度、窓を鳴らす雨音、遠くのほうに響くいくつもの足音、僕はその全ての感覚を奪われた気がした。今何時だろうとか、傘忘れたなとか、くだらない思想も全て一瞬で消えた。

うん、とただそういえば君はまた笑ってくれる。けれど僕は嘘をつくことになる。

砂羽が泣いていたことを忘れるのは簡単だ、見なかったことにすればいい。けれどこの感情はそんなふうに消せるのか。

「知佳?」

催促するように名を呼んで、なんてひどい金魚だ。僕は泣きたくなった。

「あぁ、そうだね。」

好きな人に、初めて好きだと思えた人に嘘をついた。もしかしたらその嘘は震えていたかもしれない。

猫は気まぐれ、だから君に抱く感情が本物だと気付くまでに時間がかかった。

目の前で柔らかな笑顔を漏らす彼女に、僕も笑いかけた。僕はバカだ、そう僕は僕を笑った。

たった一つだけの嘘。これが彼女につく、たった一つの嘘だ。好きだと気付いて、好きだから嘘をつく。

この悲しみに気付いていたのは、もしかしたら外で泣いている雨だったのかもしれない。



ちょっとぐちゃぐちゃですよね、すいません。

嘘はつくものではなくつかされるもの、なんて綺麗事かな。

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