猫さん金魚のとなり
ずいぶん前、確か出会って少したったころ、彼女は僕に『高里くんは猫みたいだね』といった。
その日教室にたまたま残っていた僕に、あまり話したことのなかった彼女がそう言ったことを何故だか今でもずっと覚えている。そのとき思ったんだ、なら君は金魚じゃないのか、と。
特に理由はなかったが、今もそう思っている。彼女は金魚だ。僕が猫であろうが何であろうが、彼女は金魚だ。
壱谷砂羽、金魚とたとえた彼女の名だ。学校では友人は少ないが、彼女を知る者は多い。
小柄で目立つわけでもない、けれど可愛らしいといえば可愛らしい顔が男子には人気が高い。
無口であまり人と話すところを目にすることはない。数少ない知人と話すようすは穏やかで静かな印象を与える。
そして最近、僕はそんな彼女にようやく話しかけてもらえる友人の一人になった。
「知佳?」
今となりで歩いている小さな不思議生命体が僕の名前を呼んで首をかしげている。
この仕草にきっとそこらの男子なら一発で異世界へブッ飛ばされるのだろうな、と思いながら俺は砂羽に何?と返事を返す。
「柚季が知佳のことひどく嫌うの。」
それをなぜ僕にいうのかは分からないが彼女は少し困ったようにそう言った。柚季というのは砂羽の友人の一人である森本さんのことだろう。彼女が僕を好いていないことは、僕でさえ気付いていた。
「何かしたの?」
そんなの僕が聞きたいくらいだと言いそうになったが、思い当たるふしがないわけでもない。
「森本さん、砂羽が大事だからじゃないかな。」
砂羽と少しずつ話すようになったころから急に彼女の目はまるで敵を見るように僕を見はじめた。
はじめはさっぱり分からなかったその理由は今ではよくわかる。僕はあまり人としっかりした関係を築かない。
しっかり、はっきり、そういう人づきあいがどうも苦手で、いつも曖昧な関係を持つ。
森本さんはきっとそれが嫌だったのだろう。悪く言えば僕は確かに女の子にだらし無かった。
「意味分からないよ。」
砂羽はそれを知らないのだろう。友人が少ないぶん、噂がはいってくることもまずない。
「分からなくていいこともあるよ。」
まわりの女の子には別に何の迷惑もかけていない。彼女たちは皆知っていても傍にいたいというのだ。
だから僕は誰のものにもならないし、誰も特別にしないことにしている。けれどそれも決して強い意思があるわけでない。
だからこういう僕の困るようなことが起こってしまったのだが。
「またそうやって大人ぶる。」
はは、と笑ってみせる。それは誤魔化し。初めて、知られたくないと思う子ができてしまった。
面倒くさいことは嫌いで、恋愛とかそういう意味のわからないものを自ら好んでする気はなかったはずだ。
隣を歩きながらいつも頭のはしにある。いつからこんな感情を抱いたんだっけ、という間抜けな疑問。
「猫、だからかな。たぶん。」
「猫?柚季、猫嫌い?」
「そうかもね。その辺の野良猫に砂羽を怪我させられるの嫌なんじゃない?」
そんなことを考えているとぽろりと本当のことを零しそうになっていた。
女にだらしのない僕に、砂羽を遊ばれるのは嫌だと森本さんはそう思っているのだろう。けれどそれは違う。
あの敵視する目を見るたびそう否定する。遊ばれているのはむしろ僕のほうなのだ、と。
面倒くさい感情、捨ててしまいたい、校内のあちこちにある古びたゴミ箱に分割しながらでも捨ててしまいたい。
そんなふうに思いながら過ごしていた時期もあった。猫は猫なりに初めての感情に苦しんでいる。
「私は怪我しても、知佳と一緒にいたいけどな。」
あぁ、そうそう。この無邪気な言葉に振り回されているんだ。
離れられたらと何度も何度も思ったさ。本当に遊ばれているのはさんざん遊んできた僕のほうなんだって、と笑いがこみ上げる。
「砂羽に爪をむけようなんて思わないよ。」
「ん、賢い。そういえば今日の定食のメニューは魚ですよ、猫ちゃん。」
ふっと笑いがこぼれる。この空気が好きだった。あぁ、かなわない。
まだ誰も知らない。金魚が猫を愛したのではなく、猫が金魚を愛したのだということは。
のんびり私の気分のままに進む小説なので
ハッピーエンドで終わりますが
シリアスなのにのんびりとした物語を描こうと思っています。
感想などよろしくお願いします。