第2話:小さな違和感
翌日、いつものように教室へ向かった悠真は、俊と談笑しながら机に座った。俊は前日部活での活躍を得意げに話している。
「いやー、昨日の試合、俺のスリーポイント完璧だっただろ? 見てたか?」
「見てたけどさ、お前、その後のディフェンス甘くなかった?」
悠真が笑いながら指摘すると、俊は肩をすくめる。
「それ言うか? まあ、結果オーライってことでいいだろ!」
そんな二人のやり取りを、千夏は斜め後ろの席から眺めていた。表面上はノートを広げているが、耳は自然と悠真たちの声を追っている。
(俊くん、悠真と本当に仲がいいよね。悠真も、あんなふうに楽しそうに話して……)
千夏は自分が入り込む余地がないような気がして、少し俯いた。それでも、悠真の視界に入らないのは嫌で、席を外すことなく時間が過ぎていく。
昼休みの会話
昼休み、悠真と俊が一緒に弁当を食べていると、俊がふと顔を上げて言った。
「そういえば、千夏ってさ、お前のこと好きなんじゃね?」
悠真は食べかけの卵焼きを口に運ぶ手を止めた。
「は? なんだよ急に」
「いやいや、そういう雰囲気あるだろ。幼馴染だし、いつもお前のこと気にしてるしさ」
俊はからかうような笑みを浮かべながら箸を振る。
悠真は半笑いで否定した。
「ないない。千夏はただの幼馴染だって。子どもの頃からの仲だから、あいつも俺のこと弟みたいに思ってるんじゃね?」
「弟ねえ……。まあ、お前がそう思うなら別にいいけど」
俊はそれ以上追及しなかったが、悠真の胸には妙な引っかかりが残った。
(千夏が俺のことを好き? 俊の冗談にしては、なんか変なこと言うな)
昼休みが終わり、授業が始まっても、悠真の頭の片隅には俊の言葉が残り続けていた。千夏のことを改めて考えてみると、確かに彼女はいつも自分を気にかけてくれるし、自分が困っているとすぐに声をかけてくれる。
(でも、それって普通だよな。千夏だから……)
自分の思考を振り払うように、悠真はノートに向かった。
放課後の図書室
その日の放課後、悠真は珍しく図書室に足を運んだ。どうしても宿題で使う参考書が必要だったのだ。静かな空間の中、本棚を探していると、奥の席でノートに向かう千夏の姿が目に入った。
(あいつ、また勉強してるのか)
ふと声をかけようかと思ったが、千夏が真剣な表情をしていたため、悠真は躊躇した。しかし、千夏が顔を上げた瞬間に目が合ってしまい、彼女が小さく手を振る。
「悠真、何してるの?」
「宿題で参考書探しに来たんだけどさ、どこにあるか分かんなくて」
千夏は軽く笑って席を立つと、悠真を本棚の方へ案内した。
「それなら、こっちの棚にあるよ。たぶん、この辺り……」
千夏が手を伸ばして取り出した本を渡すと、悠真は素直に感謝した。
「サンキュー、助かった」
その後、二人で少し話していると、千夏が小さく微笑んだ。
「悠真って、図書室に来るの珍しいね。いつもは俊くんと体育館とかでしょ?」
「ああ、まあ、たまには静かなとこも悪くないかなって」
千夏はその言葉に少し驚きつつも、どこか嬉しそうな表情を浮かべた。
(悠真とこんなふうに二人で話すの、久しぶりかも。嬉しいな……)
だが、その幸せな気持ちの裏には、いつか終わってしまうのではないかという不安があった。悠真にとって自分はただの幼馴染で、それ以上の存在にはなれないのではないかという思いが、心の奥底でずっと消えずに残っていた。