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恋愛小説短編集

悲報:プロゲーマーさん、アマチュアゲーマーにぼっこぼこにされる

『YOU WIN!』


 自分のキャラクターの動作がスローモーションになりながら、対戦相手のキャラクターへ止めを刺す。

 現在68連勝中。

 対戦時間が平均2分だと仮定すると、現時点で2時間以上も経過したことになる。

 外もだいぶ暗くなってきたし、そろそろ帰るか。俺は筐体から離れ、ギャラリーの群れをかき分けてゲーセンから出ようとした。

 財布にICカードを仕舞いながらゲーセンの扉を開けた時、自キャラがやられたときに発する悲鳴が耳に残った。



 翌日、学校で頬杖をつきながら授業を聞いていた。

 俺の頭が若干舟を漕いでいたような気もするが、きっと気のせいだろう。

 そして本日の授業は終わり、帰宅してゲームでもして遊ぼうかなと考えていたところで事件は起こる。


 突如として俺のクラスの引き戸が荒っぽく開かれた。

 あまりにも勢いがついていたので、引き戸は壁に衝突し悲鳴を上げる。

 そんな突然の出来事に、下校の準備をしていた俺らクラスメイトは凍り付く。そして、皆はその諸悪の根源である、扉の前に立っている人物に目を向けた。


「げっ」


 そこには平柳理沙(ひらやなぎりさ)が立っていた。

 この学園内で彼女のことを知らない者はいないだろう。それもそのはず。彼女はプロゲーマーで、『YUKI』という名称で活動しているからだ。

 プロと呼ばれていることからも分かるように、彼女はゲームでお金を稼いでいる。

 とある大会でトップに立ち勝利した彼女は、ウン千万の賞金を受け取ったとかクラスメイトが話しているのを聞いたことがある。

 それに加え、スポンサーが何社もついているものだから、彼女の収入は相当なものと見て取れる。


 そんな平柳は俺の元へつかつかと歩み寄ってきた。

 彼女は寒がりなのか、ネコミミフード付きのパーカーを羽織っている。校則上問題はないのだろうか? 生徒手帳に記載されている校則の欄なんて見たことが無いからよく分からない。


「あんたが鳥越隆介(とりこしりゅうすけ)ね」


「いかにもそうでごぜぇます」


「……バカにしてるの?」


「いえいえ、滅相もごぜぇません。若輩者の吾輩がプロゲーマーのYUKI様に逆らうなんてとてもとても」


 その言葉を聞いた彼女の頬がまるで膨らませた風船のように膨れる。

 俺は焼いた餅みたいだなーという、どうでもいい感想を抱いた。


「普通に接してよ! なんでみんなボクをそうやって腫物みたいに扱うのさ!? ボクだって――」


「んじゃ要望通り普通に接するわ。よろしくな、平柳」


「へっ? あっ、えっ? こ、こちらこそよろしくお願いします……」


 なんで敬語なんだ。

 語尾をごにょごにょと濁した彼女は一旦目を伏せ、再び顔を上げて意を決したような表情を見せる。


「鳥越隆介! アバ6でボクと勝負してよ!」


「……はっ?」


 どうしてこうなった。



 アバ6は略称で、正式名称はアーバンファイター6という。

 所謂格闘ゲームである。

 2人のプレイヤーが各々が好むキャラクターを選択し、互いに技量を競い合い、相手のヒットポイントをゼロまで減らしたところで決着がつくゲームだ。

 基本的には2本先取制のゲームである。ようは相手を2回倒した方が勝利となる。


「そもそも何で平柳は俺を対戦相手に指定したんだよ」


「昨日ゲーセンで連勝しているところを見たから」


 マジかよ……。あのギャラリーの群れの中に平柳がいたのか。

 厄介なことになったものだと、そう思う。

 アバ6での勝負は平柳の家で行うとのこと。なので現在進行形で2人して彼女の自宅へと向かっている。


 そして一軒家の前に着いた。

 平柳は鍵を玄関の扉の錠に差し込み、それを捻って施錠を解除する。どうやら彼女のご両親は不在らしい。

 そして俺は平柳に案内されて2階にある彼女の部屋へと向かった。


「うへぇ……」


 開かれた扉の中を見た俺は、情けない声色(こわいろ)を発する。

 だってしょうがないじゃん? 部屋の中には水冷式のゲーミングPCと、数枚のモニターが置かれているんだぞ? あれだけで何十万することやら。


「何変な声を出してるのさ」


「いやぁ、平柳は本当にプロなんだなって再認識してな」


「ふふん、凄いでしょ?」


「マジで凄い。俺じゃなきゃ尊敬しちゃうね」


「あんたもボクのことを尊敬しなさいよ!」


 若干不機嫌になったのか、彼女は荒っぽい足音を立てながらPCの電源ボタンを押す。そしてマウスが数回のクリック音を発する。

 次の瞬間、モニターにはでかでかとアバ6のロゴが表示されていた。クライアントを立ち上げたらしい。


「鳥越は入力デバイス何派?」


 入力デバイスというのはキャラクターを動かすための道具の事だ。例えばコントローラーとか。


「俺はアケコン派」


「えっ? レバーレスじゃないの?」


「レバーレスだとゲーセンで遊ぶとき困るだろ」


 アケコンとは略称であり、本来であればアーケードコントローラーと呼ぶ。ようはスティックとボタンがついた箱型のコントローラーだ。

 ゲームセンターにある筐体は基本的にこれを採用している。


 対してレバーレスコントローラーはスティックが存在しなく、その代わりにボタンがついている。つまりその箱型のコントローラーには丸いボタンしか存在しない。

 何故プロゲーマーである平柳がレバーレスじゃないの? と疑問に思ったのは、レバーレスならではの強みがあるからなのだが、そこに触れると滅茶苦茶長くなるので割愛する。


 そして彼女は器用にレバーレスコントローラーを操作し、1vs1のローカルマッチングのゲームモードを選択した。


 キャラクター選択画面が表示される。

 彼女はハクと呼ばれるキャラクターを選択した。所謂ハイスタンダードキャラクターと呼ばれるキャラで、このキャラクターは何でもできる。

 飛び道具を持っているし、その飛び道具を回避するために敵がジャンプして飛び込んで来たら対空技で迎撃できる。

 セットプレイとよばれるループコンボも持っており、対策できないと一方的に敵をボコボコにできるという強みがある。

 加えて、相手を画面端まで持っていく能力にも長けている。格ゲーは適当に殴り合うようなゲームかと思われがちだが、実のところどれだけ相手を画面端に運べるかという陣取りゲームみたいなものである。


 そして、俺もハクを選択した。


「同キャラ? 何? 当てつけ? 昨日はホンギュラ使ってたじゃん」


「違うっつーの。メインキャラがハクなんだよ。ホンギュラはこの間のアプデで環境キャラになったからちょっと触っただけだ」


「ふーん。でも勝つのはボクだけどね。だってプロだし」


 そして選択した2人のキャラクターの顔がモニターにでかでかと表示されたところで勝負が始まる。

 勝負が始まったが、一見すると地味な攻防が続く。お互いに必殺技のコマンドを仕込んだりガードを仕込んだりしながら前後に移動し、相手を攻撃の射程内に収めようとする。


 平柳はしびれを切らしたのか、大パンを振った。

 それに俺は下段中キックを差し込み、すぐさまコマンド入力をして必殺技の飛び込み蹴りを放つ。

 その一瞬の攻防で彼女のキャラクターは画面端まで運ばれた。なお転倒中は無敵状態である。


 そして、彼女のキャラが起き上がったところに投げを重ねるフリをして、俺のキャラは一歩下がる。

 すると同じく投げコマンドを重ねて投げ抜けしようとした彼女のキャラは、俺のキャラクターを掴み損ねる。

 そこへフルコンボを入れる。


「はぁ!? あんた、シミー使えるの!?」


「まあ一応は」


 そうしてコンボを敢えて中断して、コンボによるダメージ減衰を一度リセットする。

 彼女は焦っていたのだろう。小パン始動のヒット確認を怠り、誤って必殺技を発動してしまった。

 大技を使うと行動ターン的に不利になることをプロゲーマーである平柳が知らない訳が無い。プロでもミスするときはするんだな。

 そしてもう一度フルコンボを入れたところで平柳が操作するハクのヒットポイントはゼロになる。


『YOU WIN!』


「……今のはまぐれだし? まだボクは本気出してないし?」


「おん? やるんか? おら、再戦するぞ」


 そして『ROUND ONE FIGHT!』という合図とともにまた対戦がはじまる。

 しかし――


『YOU WIN!』


「ねぇ! 柔道やめてよ! 投げハメとかノーカンだから!」


「無敵技か小パン仕込めば回避できるだろ、あんなの」


「あんた、ボクの行動を全部読むじゃん! シミーはするしガードやジャスパまでするし……」


「すまんな。なお反省はしていない」


「こいつ……!」


 そして――


『YOU WIN! PERFECT!』


 俺がノーダメで2本先取したところ彼女はレバーレスコントローラーをそっと床に置いた。

 何事かと思って俺は彼女の方を見る。そしてぎょっとした。


 平柳は涙を流していた。


「ま゛げだあ゛ー!」


「……なんかすまん」


 彼女はマジ泣きしていた。

 それもそうか。お遊びでアバ6をやってる俺とは違い、彼女は様々なものを背負ってこのゲームに挑んでいるんだ。

 責任感のある子なのだろう。


 平柳はハンカチで涙を拭い、それをポケットに仕舞った。


「そもそも何で鳥越はそんなに強いのさ。ランクがミシックなのは間違いないでしょ? 順位はどのあたり?」


「俺、ランク戦はやったことがないぞ。昨日のゲーセンのあれもカジュアルマッチングだし」


「うっそだぁ!? このゲームってトレモでひたすら練習して、対人戦で駆け引きを覚えないと強くなれないじゃん!」


「嘘はついてねーよ。ランク戦はしたことはないけど、家でロビー戦は結構やる」


 ロビー戦というのは、とあるルームでゲーム内アバターが筐体に座り、対戦相手が来るのをひたすら待つゲームモードのことだ。


「――その対戦相手の中で、印象に残った人っている?」


「いるぞ。高畑ホンギュラさんとか、Fu-sEnさんとか」


「どっちもプロじゃん……」


 肩を落とす彼女。

 今になって俺は怖くなってきた。何故かって? それは彼女が背負うプロという看板に泥を塗ってしまったのかもしれないという恐れがあるからだ。


「まあ、なんだ……。今回はお互い初見だったから人間読みも出来んかっただろ? それに平柳は俺が雑魚だって舐めてた節もあるし」


「その件は誠に申し訳ありませんでした!」


 彼女は深々と土下座をする。

 まさか齢十代にして人が土下座しているところを見ることになるとは思わなかった。


「で、物は相談なんだが――技量的には俺と平柳って同程度だと思うんだよ。だから良かったらまた対戦しないか?」


「……いいの?」


「こっちから頼みたいくらいだよ。プロのコーチングを受けるようなもんだし」


 先ほどまで涙目だった彼女の顔にぱっと咲いた花のような笑顔が浮かぶ。


「ってことでID交換しようぜ。これからはオンラインで対戦すればいいだろうし」


「嫌」


「……なんでだよ」


 アケコンを地面に置いて俺も彼女と向き合う。

 その彼女の表情は真剣そのものだった。


「察してよ。私より強い人に会えたんだよ?」


「名台詞のパロディじゃねぇか」


 彼女は淡い笑みを浮かべる。


「そういうこと。だからこれからもうちで対よろ」


「緩いなぁ。んじゃそういう方向性で」


「やった!」


 彼女のプロ根性は相当なものだ、そう認識した出来事だった。

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