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リフレイン・コード -神葬のレクイエム-  作者: 八神綾人
第一章 リフレイン・コード
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第72話『大峡谷の決別』

「やめて、私、そんな……! 何も、してない、のに、どうして、どうして……!!」


 ティアの精神は限界を迎え、納まりきらなくなった感情が涙となって溢れ続けている。

 カノアが何度声を掛けても何かに怯えるように、ティアの心は既にここには無かった。


「さぁ、カノア♪ ティアは放っておいて、私と楽しみましょ♡」


 アウァリは悪魔が誘うように、カノアを挑発する。だがカノアはアウァリに気取られないようにこの状況を打破する方法を模索する。


(この状態のティアを放ってこの狂った奴を相手には出来ない。こんな時にエルネストは何処に――)


 カノアは目配せをしながら周囲を確認した。

 大峡谷に掛かる橋の向こうに視線を向けると、エルネストとその仲間と思われる人間たちが武装した衛兵と戦闘しているのが見えた。


(あっちはあっちで窮地か……)


「居たぞ!! 報告にあった女だ! 黒髪の少年も居る!! まとめてひっ捕らえろ!!」


 カノアが周囲を確認していると、怒号のような叫びと共にイヴレーア辺境伯の用意した衛兵とは明らかに雰囲気の異なる武装した王国兵たちが大峡谷に雪崩込んできた。


「また邪魔者が増えた。でも良いわ。私、さっきからずっと体が熱くて、もう抑えきれないの。――踊りましょ♡」


 アウァリは艶やかな表情を浮かべてそう言うと、王国兵たちの集団に突っ込み派手に暴れ出す。


「あはは♪ 素敵!! こんなに幸せな気持ち初めて♡」


「ぐあああ!!!」


 アウァリの攻撃は武装した王国兵たちをいとも簡単に吹き飛ばす。

 盾や鎧など最早関係なく、周囲に生えている大木ごと王国兵たちの集団を散らし始めた。


「やめろ!」


 カノアは思わずアウァリを制止する。

 例え王国兵が敵であったとしても、目の前で無惨に殺されていく様を黙って見ていることは出来なかった。


「どうして止めるの? こいつらカノアのこと捕まえようとしてるんだよ? 邪魔者は私が全部消してあげるから♡」


「この世界はもうループしないんだ! 今死んだら誰も生き返れなくなる!」


「あは♡ だ・か・ら、ちゃんと殺してあげるんじゃない♪」


 正論など通じない。いや、むしろ殺しを楽しもうとすらしているアウァリに対しては、火に油を注ぐような行為と言っていいだろう。


(こいつは危険すぎる。だが、まともにやり合っても勝てる気がしない。せめてティアたちをこの場から逃がさないと……)


「おいカノア、いったいどうなってやがんだ!?」


 窮地に追い込まれていたカノアの元にアイラとアイリが合流した。

 だがいくらアイラが戦えると言っても、武装した王国兵たちや魔獣すらもたった一人で蹂躙するような相手では分が悪い。


「アイラか……。すまない、また巻き込んでしまって」


「あたしが自分でここに来ることを選んだんだ。気にするな」


 この状況を見てもアイラは臆することなく前を向く。

 そんなアイラの言葉に、カノアは最も合理的な作戦でこの場を突破する方法を取ることを決めた。


「すまないついでに、もう一つ頼まれてくれないか?」


 カノアのその言葉にアイラはその心中を察する。


「あたしに頼むってことは、ちゃんと返しに来るんだろうな?」


「ああ、約束する。ティアを連れて先に橋を渡ってくれ」


 アイラはカノアの言葉に複雑な表情を浮かべながらも、地面にへたり込んでうずくまっているティアに歩み寄る。


「別に良いけどよ、お前はどうするつもりだ?」


「これでも少しは魔法が使えるんだ。あいつを引き離したら俺も合流するさ」


「なら、後できっちり借りは返しに来い。ビタ一文まけてやんねーからな!」


 そう言ってアイラはティアを無理やり背中に背負う。

 ティアは涙を流したまま、無気力の状態でカノアに視線を向けた。


「……いや。嫌! 降ろして!」


「暴れんな! ティアがここに居るとカノアが困るんだよ!」


 カノアと引き離されることを察したティアは泣きわめくが、アイラは子供を躾けるようにティアを制する。

 だが余りにも暴れるので肩に担ぐような姿勢に変え、体を離さないようにしっかりと抱える。


「逃がすわけないでしょ!」


 ティアの暴れる声に、衛兵たちの相手をしていたアウァリが遠くからアイラ目掛けて攻撃を仕掛けてくる。

 両手が塞がって無防備なアイラを庇うように、カノアはその攻撃を被弾する。


「ぐあ!!」


 直撃ではないものの、飛来した石のつぶてがカノアの肩や背中に深い傷を負わせた。


「カノア!」


「俺のことはいい、早く、ティアを連れて行ってくれ!」


 アウァリは自分がカノアを傷つけてしまったことに動揺しながら、ゆっくりと近付いてくる。


「カノア? どうして庇うの? 私の方がカノアのこと知ってるのに。私の方がカノアのこと愛してるのに!!」


 アウァリは感情が爆発するように、一気に速度を上げて近付いてくる。


「アイラ! 急いでくれ!」


「何なんだよあいつ!」


 自身の背負っているティアが標的にされている以上、アイラも他人事ではない。

 急いでその場から離れるべく、ソフィアの埋め込まれたロングブーツに風の魔法を掛け、足を屈める。


「やめて! いや! 離して!! カノア! カノア!!」


 肩に担いだティアが騒いでも、アイラはもう取り合う態度を見せなかった。


「……死ぬなよ」


「ああ、もちろんだ」


 最後にそう言い残して、ティアを担いだままアイラは大峡谷に掛かる橋を目指して走り始めた。

 アイリもそれに続くように走り出し、カノアは近づいてくるアウァリに立ち向かうように走り始めた。

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