第30話『戦いの門出に #2』
「こんにちは、村長」
カノアは村長に話しかけ、一緒に居た商人にも軽く会釈をする。
「ん? おお、おぬしは最近孤児院に来た。えー、名前は何だったかのう?」
「カノアです。少しお聞きしたいのですが、王都へ行くにはどうすればいいでしょうか?」
「ソフィアを使えるならそれが一番手っ取り早いんじゃないかい?」
横に居た商人が村長の代わりに口をはさむ。
「すみません、実はソフィアの扱いはあまり慣れていなくて……。歩いて行くとしたらどれくらい掛かりますか?」
「歩き!? バカなことは言わない方が良い。ここからだと五、六時間は掛かるよ。今から向かったら帰ってくる頃には真夜中だ。それに王都に入るための通行証は持っているのかい?」
「いえ、通行証は……。王都に行ったことが無いので近くまで行ってどんな雰囲気か見ておきたいと思ったのですが、そんなに掛かるんですか」
まだ犯人が分かっていない以上、カノアは抜け道のことについて言及するのは控えた。
「歩きだとそれくらい掛かるね。孤児院のママみたいにスノーラリアを使ったらどうだい? この村でソフィアを持っていない人はよく利用しているみたいだけど」
「スノーラリア?」
「村を出て少し平原を歩くと背の低い木がポツポツと生えているんだ。それをさらに進むとその木が更に生い茂ってくる。その辺りの木の上に巣を作っている雪猫鳥のことさ」
雪猫鳥、と言われても日本どころか自分の居た世界にそのような生物は存在していないのでカノアには想像が付かなかった。
「特徴を聞いても良いですか?」
「まず大きさは人間よりも結構大きいね。見た目は真っ白で綿のようにふわふわしていて、猫のような体に鳥のような嘴と、翼も生えてる。顔は猫っぽいけど全体的に丸いから鳥の様とも――」
「も、もう大丈夫です……。そんな生き物が居るんですね」
説明を聞きながら想像していると、途中で頭の中に変なキメラが出来上がったのでカノアは商人の言葉を遮った。
「今日も孤児院のママが王都に行くのに乗って行っているはずだよ。ママはスノーラリアにも人気があるから、ママが餌を持って行くと我先にとスノーラリアが寄ってくるってもっぱらの評判さ」
「子供にも動物にも好かれているんですね」
「大人にも、ね。この村でママのことを嫌いな人間なんて誰もいないさ」
その言葉を聞き、カノアは少し胸が苦しかった。
ママのことを疑い続け襲撃の犯人だと思い込んでいた。死体をちゃんと確認したわけでは無いが、エルネストの死や孤児院の火災を考えると襲撃の犯人は別に居ると考えるのが妥当だろう。
「ありがとうございます。ちょっとその生き物を探してみます」
「餌は持っているのかい? 餌を持たずに行くと彼ら怒ってくるから、ちゃんと用意して行かないとダメだよ」
「野生なのに図々しいですね……」
「野生と言いつつ、この村の人間が王都に行くたびに手懐けているからね。半分飼っているようなものさ」
商人は笑いながらスノーラリアと呼ばれている謎の生き物について色々教えてくれた。
それと同時にその生き物の好物だと言う植物の実をいくつか分けてくれたので、カノアは感謝をして平原に向かって歩き始めた。
◆◇◆◇◆◇◆
「平原に生えている背の低い木と言えば、俺が襲われた時に生えていたあれのことか」
カノアは村を出て数十分ほど歩き、以前ローブの女に襲われた時の木が生えていた場所に辿り着く。
「あの時ここで確かにママの声を聞いた気がしたんだが、それも今となっては確かめようがない。ティアたちはこの世界がループしていることには気が付いていない様子だ。俺が必ず犯人を見つけ出して襲撃を阻止しないと」
元々人体実験の被害者だと思っていたティア。そのティアを救うためカノアは試行錯誤を繰り返してきたが、孤児院が襲撃された以上、救わなければいけないのはティア一人では無くなった。
「考えてもみれば、ここで襲撃された時に会ったのは女だった。だが、前回孤児院で襲われた時に最後に聞いた声は老人のものだった。だとすると、やはり犯人は複数か?」
カノアは自身が襲われた場所で今までの記憶を振り返る。
平原での襲撃の際、黒いローブの女は近くの山や街道の方にも魔物を待機させていると発言していた。また孤児院襲撃の際に現れた老人も、魔物が居る中平然とその場に姿を現し襲われなかった。
「やはり鍵を握っているのは魔物の存在だ。村の中に現れた魔獣も魔物の類と考えて間違いない。そして、それらを従えているであろう謎の人間たち。これがこの村だけでなく世界中に放たれた場合、同じような惨劇が至るところで起きる。ティアが何としても止めなくてはと言っていた意味が実感出来てきたな」
いよいよ他人ごとでは無くなってきた、とカノアの額に汗が滲む。
額の汗を袖で拭おうと腕を上げたところで、手に持っていた植物の実が幾つか地面に零れる。
拾おうとした時、遠くの方から奇声が上がる。
「クエーーー!!!」
「なんだ!?」
突如遠くの方から聞こえてきた奇怪な鳴き声にカノアは魔物のそれかとも思ったが、今まで出会ってきた魔物が犬の姿や牛頭の魔獣であったことを考えると、この鳥のような鳴き声はそれらと合致しない。
次第に近づいてくる奇声に身構えながらも、目視出来るようになった辺りでそれが綿あめのような真っ白な何かだということがはっきりとしてくる。
「もしかして、あれがスノーラリアってやつか?」
カノアは目を細めながら自分に近付いてくる一匹の真っ白な生き物を凝視していた。
安堵したのも束の間、そのわずか数秒後、奇声を発していた生き物はとんでもない速さで突進してきてカノアを弾き飛ばした。
カノアが数メートル先の地面で身悶えする中、スノーラリアは散らばった植物の実を美味しそうに食べ始めた。




