第29話『戦いの門出に #1』
カノアが部屋の中を見渡すと、子供たちが部屋の外に走っていくのが見えた。
何度も見た朝のこの風景。だが今までとは違って見えたのは、自身の心境が変わったことの知らせだったのかもしれない。
「エルネストは目の前で死んだ。そしてママも……。二人が襲撃の犯人じゃなかったのか……?」
今までの記憶を掘り返す。
街道での襲撃でティアを疑い、平原での襲撃でママを疑い。そして旧噴水広場での襲撃でエルネストにも疑いの目を向けた。
だが孤児院自体の襲撃という結果を経て、それらは全て水泡に帰した。
「犯人は孤児院以外の人間……。それも村に魔物を放ったことから外部の人間である可能性が高い? いや、そう決めつけるのは早い。ただでさえ孤児院のみんなを疑った結果、あんな目に会わせてしまったのだから」
カノアは、うなだれるように肩を落とす。
考えれば考える程に何か悪い夢でも見ていたんじゃないかと言う気になってくる。
「カノア……」
カノアは名前を呼ばれ、部屋の入口を見る。
自分を見つめているティアの姿。この姿を見るのも何度目か。
だが今はその姿に、今までとは違った酷い負い目を感じる。
「ごめん、私がもっと早く――」
「すまない、俺はまた君を――」
二人の声が重なり、そして同時に口を噤む。
互いに次の言葉譲り合い、静寂が訪れる。
「今日は少し村の中を散歩してくるよ。少し、気持ちを切り替えたいんだ」
先に口を開いたのはカノアだった。
以前は村の中に襲撃の犯人の手掛かりが無いかを探すため。だが孤児院のみんなが殺された今、同じ目的のための散歩は徒労に終わる可能性が高い。今回は何を求めるでもなくただ一人になりたかった。
「そ、そっか。まだ怪我も治りきってないと思うし、あんまり無理しちゃダメだからね?」
「ああ。何かあれば相談するよ」
「相談?」
「いや、何でもない」
ティアと行ういつもの会話。
これも幾度となく繰り返してきたが、最早どう受け答えをすれば良いかも分からない。
今はただ、孤児院で起きた襲撃という事実を受け入れるだけで精一杯だった。
◆◇◆◇◆◇◆
村の中を一人で歩く。何かを探すわけでも無く、ただ今までと同じルートを。
「孤児院のみんなが犯人じゃないとすると、後は誰が残っている? やはり村の中の人間は関係なく、例の研究所の人間と言う線が濃厚なのだろうか」
カノアは少しずつ状況を整理しながら歩く。
いつもの曲がり角、いつもの男。いつものようにぶつかりそうになり、いつものように支えてもらう。
「おっと、大丈夫かい?」
孤児院の襲撃の時、この声も聞こえたことをカノアは思い出す。
そして、その声が聞こえた後の断末魔も。
村の中で出会った人間の死を目の当たりにしたカノアは、フラッシュバックするように記憶が掘り返される。
「すみません、ちょっと気分が悪くて……」
カノアは自分が思っている以上に、孤児院の襲撃がトラウマになっていることを実感する。
カリオスとの会話を早々に切り上げ、カノアは足早にその場を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆
散歩で通っていたルートの最後である村の入口へと向かう。
今日もまた村長と商人が会話しているのが遠目に見えてきた。
「村長と商人、か」
襲撃の最後に聞こえてきた声が老人のものだったことを思い出す。
「あの襲撃では村長の姿を見ていない。村長ならこの村を監視する立場としては適任だ。身長は? 姿は? 声は……、思い返してみれば似ていたような……。いや、もう根拠もなく疑うのは止めよう。似ていたと思いたいだけなのかもしれない。手っ取り早く疑えば思考が停止して楽になるが、それでは真実に辿り着けない」
カノアは入り口の外に立っている村長を見て、邪念を振り払う。
完全に容疑者から外すことは出来なくとも、完全に疑うこともまた可能性を閉ざすことと同義である。
「まず現時点で一番情報が少ない例の研究所とやらの情報を集められないだろうか。王都の近くまで行けば人も居るだろうし、ティアの言っていた抜け道の場所が分かれば通行証が無くとも王都内へ入れるかもしれない」
街道や平原など、この村の外で襲撃されたことからも外部の人間を疑うことも忘れてはならない。
カノアは村長たちの元へ行き、王都へ行く手立てが無いか聞くことにした。




