第22話『運命に愛された糸紡ぎ娘 #1』
村の中でも過疎区画となっている旧噴水広場。
燦然と照り付ける太陽の下、カノアは思わぬ場所でティアと出会った。
「どうしてこんな場所に居るんだ?」
「私は……。カノアこそ、どうしてここに?」
「俺は少し散歩をしていたんだ。この村のこと、よく知っておこうと思って」
「そっか。この村に興味持って貰えるの嬉しいな」
ティアは取り繕ったような笑顔を見せる。
「隣、良いか?」
「え? あ、うん」
カノアはティアの座っている噴水に、人一人分の間隔を開けて座る。
「この辺りに人は住んでいないのか?」
「うん。この辺りにも元々人は居たんだけどね。村の人が少なくなっちゃったし、今は出来るだけみんな近い方が良いだろうって、この辺りからは移動したの」
「そうか。落ち着いていて、良い場所だと思うんだがな」
「そう言って貰えると嬉しいな。この辺りは私がこの村に来た頃に住まわせて貰ってた場所なの」
「最初から孤児院に居たわけじゃないのか?」
「最初はエルネストがこの辺りに家を借りてくれて、一緒に暮らしてたの。でも、エルネストもずっと私の面倒を見てるわけにもいかなくて、そしたらママが孤児院に来ないかって言ってくれて」
「エルネストとはそんなに昔から一緒に居るのか?」
「うん。生まれた頃から、ずっと」
「結構古い付き合いなんだな」
仮にカノアの予想している通りティアの方が人体実験の被害者であるならば、生まれた頃からティアの傍にいるエルネストが実験について知っている可能性は非常に高くなる。
「なぁ、ティア。昔のことを聞いても良いか?」
「え? うん、良いけど」
「ティアは小さい頃、どんな子供だったんだ?」
「意外! カノアってそういうことに興味持ってくれるんだ」
これは単純にティアの過去に興味があると言うわけではなく、自分たちを取り巻く謎を解明するために必要な話だ。
カノアは心の中で自身にそう言い聞かせ、淡々と情報収集に徹した。
「私が小さい時の話かぁ」
「辛い思い出もあるだろうから無理にとは言わない。話せる範囲のことがあれば、くらいで頼む」
「……妹が居たんだ。生まれてすぐの頃なんて凄く可愛くてね、毎日寝顔を眺めてたっけ」
「今は一緒じゃないのか?」
ティアは憂いを帯びた瞳でカノアを見る。
「大魔戦渦で、ね」
「すまない。少しデリカシーに欠けていた」
「ううん、大丈夫。あの戦争で辛い思いをしたのは私だけじゃないから」
ティアは愛想笑いを浮かべているが、やはりその笑顔は何処か寂しげだ。
「それに、辛い思い出ばっかりじゃないよ? お父さんもお母さんも凄く優しくて、もう会えなくなった今でも大好き。お父さんたちとの大切な思い出がある世界だからこそ、私が何とかしなきゃって。何てね、えへへ」
ティアは自分の言ったことを照れるように少し誤魔化す。
「ティアは強いな」
「え!? ……初めて言われたよ、そんなこと」
最初からこの世界に居る人間を使って実験した場合、記憶をそのままに人体を改造することは可能性としては十分高い。実験に関する記憶だけ消されていて、その他の記憶をそのままにしておいた方が整合性を取りやすいからだ。
ティアとカノア、どちらかの記憶は偽物なのか。はたまたその両方が偽りのものなのか。カノアは未だ答えには辿り着けなかった。
「ね、カノア。私もカノアのこと聞いていい?」
「ああ、答えられることであれば」
「カノアはさ、何か覚えていることは無いの? その、昔のこととか」
カノアがティアのことを被害者だと思うように、ティアもまたカノアが実験の被害者だと思っている。
「俺は森で伝えたことがあったと思うが、日本と言う国にいた記憶がある。だが、ティアの言う通りこの世界で人体実験をされていたのであれば、その記憶は偽物と言うことになるな」
難しいことを考えていたこともあり、カノアは少し不愛想な口調で返事をする。
「ご、ごめん! そういうつもりで聞いたわけじゃなかったんだけど。その、ごめん」
カノアは口にした後、自身の言い方が悪くなっていたことを反省した。
「いや、今のは俺の言い方が悪かった。それに、俺もこの記憶が本物か知る必要があると思っているから」
仮にカノアの日本での記憶が偽物だった場合、本当の記憶はどういったものになるのだろうか。
だがそんな記憶が存在していたかどうかは、カノアが実験の被害者だった場合に限りのことであるが。
「日本かぁ。どんな国だったの?」
「小さな島国だが、長い歴史を積み重ねていて、古さと新しさが共存している国だった。あと魔法は存在していなかったな」
「魔法無かったんだ! 不便じゃなかった?」
「魔法に代わる科学というものが存在していたんだ。暮らしやすい国だったよ。便利過ぎた、とも言えるが」
「不思議な国だね。なんだか別の世界のお話聞いてるみたい」
「別の世界か。確かにその通りだな」
その言葉に、自身の記憶がまるでおとぎ話の世界だったのではないかと、カノアは白昼夢でも見ている気分だった。




