第16話『またまた朝はやってくる』
「いやー、助かったよ。これで心置きなく王都にも向かえる」
カノアは商人と一緒に荷物を運び終えると、雑談を交えながら再び村の入口に向かって歩いていた。
「実は今日中に王都に大切なものを運ばないといけなくてね。しかも持っていく先はあの怖い怖いホド公爵さ。もし遅れたりしたらどんな罰を受けさせられるか。考えただけでも恐ろしいよ」
この村に来たばかりのカノアにはその公爵がどういう人物かは分からなかったが、公爵と言う身分を聞くと平民が約束を違えるわけにはいかないという想像も容易い。
二人は村の入口まで戻ってくると、商人は早速村を発つ準備を始めた。
「それじゃあ私はこれで失礼するよ。二、三日は王都に泊まることになると思うけど、また王都からの帰りにはこの村に寄る予定だから、その時に会えたらゆっくり話をしよう」
そう言うと商人は幌馬車の手綱を握り、村を後にした。
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広い草原にまっすぐと伸びる街道。この道はひたすらに進めば王都へと辿り着く一本道だ。そんな街道で一台の幌馬車が揺れていた。
「カノア君か。聞いていた通り、なかなか面白そうな子だったな」
商人は幌馬車の手綱を握り王都へ向かう。その様子は何処か嬉しそうに見える。
「大切なものも無事手に入ったし、ホド様も大層喜んでくれるだろう」
商人は意気揚々と手綱を握る。何の荷物も載せていない幌馬車の手綱を。
◆◇◆◇◆◇◆
ここはメラトリス村から少し離れた小高い丘にある貴族の屋敷。
応接用の一室で、辺境伯とエルネストは言葉を交わしていた。
「それで、作戦の手筈は整ったのかい?」
「ああ、いよいよ明日だ。失敗は許されないから念入りに準備を整えた」
「いよいよ、か。例の彼についてはどうするつもりだい?」
「そうだな。この際スパイかどうかは確かめている時間が無い。邪魔されないように身柄を拘束しておくか、最悪の場合はその場で始末する」
来たる計画に向けて、二人は日が暮れるまで会話を続けていた。
◆◇◆◇◆◇◆
空は一面暗くなっており、時刻はすっかり夜を迎えていた。
カノアは借りている孤児院の一室で、今日のことを振り返る。
「特に収穫は無し、か。村の中を歩いてみたが、特に気になることも無かった。そうすると、昨夜の襲撃の内容に変化があったのは別の原因があるのだろうか」
カノアはベッドに仰向けに寝転がり、天井を眺めていた。
魔法、魔物、ループする時間。どれを振り返ってみても、やはり日本と同じ世界での出来事ではないのは確実で、カノアはここが異世界であることを日に日に実感していた。
「異世界か……」
カノアは物思いに耽る。
カノアはこの世界に来てからというもの、安心して夜を迎えたことの方が少ない。知らない世界でいきなり目が覚め、森で襲われ、街道で襲われ。
魔法や魔物が絡まなかった一日。村での触れ合いや、孤児院での他愛のない会話。
ティアだけは夜になっても心配そうにしており、カノアを気遣ってご飯を食べさせようとしてきたが、カノアはそれを遠慮して自分で食べていた。
「……ミナト……。俺は……」
こんな穏やかな一日が明日も迎えられたら。カノアはそんなことを想いつつ、いつしか目を閉じ寝息を立てていた。
◇◆◇◆◇◆◇
「おっきろー!」
無防備な体に衝撃が走る。
子供というのは時に残酷で、いとも簡単にえげつないことをやってのけるのだ。
「うぐっ!? ……どいてくれないか」
最悪の目覚めだった。
カノアが生まれてから十七年。このような起こされ方をした記憶は何度目だろうか。
一日の始まり。いつもの朝。今日もまた、異世界での一日が始まる。
「カノア起きたー!」
そう叫びながら数名の子供たちが部屋から走って出ていく。
カノアは横になっていた体を起こし、開けっ放しの部屋の入口に目をやると、自分に乗っかってきた子供たちが騒ぎながら階下へと降りていく声が耳に届いた。
「この起こし方にも慣れてきたが、やはり体への負担は大きいぞ」
痛みを覚えた腰の辺りをさすりつつ、まだはっきりとしない頭で部屋を見渡しながら、この孤児院に来てから何度も経験した朝の記憶を思い出す。
一日の始まり。いつもの朝。今日もまた、異世界での一日が始まる。
「っ!? 何だ、この痛みは」
カノアはベッドから立ち上がろうとすると自身の足に鋭い痛みが走ったので、ベッドに座り直し足の裏を見てみる。
「何か刺さったわけでは無い、か。一体何なんだ?」
不自然な痛みにカノアは動揺する。そして、開けっ放しの扉の向こうから何かが階下から駆け上がってくる足音が聞こえてきた。
「カノア!」
その足音の持ち主は二階へ到着すると、一目散にこの部屋へと走り込んできた。
「どうしたんだ、ティア?」
部屋へと入ってきたティアは大胆にも抱きつき、ベッドに座っていたカノアを押し倒す。その時カノアは、足だけではなく体中に痛みを感じた。
「カノア、良かった。私、もうダメかと思っちゃって。っ……、うぅ……」
ティアは顔を見られたくないのか、抱きついたまま離れない。ベッドに顔を埋めたティアからは鼻をすする音が聞こえてくる。
「一体どうした。何があったんだ?」
「何があったって、カノア何も覚えてないの!?」
カノアの言葉に顔を上げたティアは、目から大粒の涙を流していた。
「覚えてない? 何の話だ?」
「昨日、魔物に襲われて大怪我したじゃない! 街道に迎えに行ったら魔物に襲われてて、また前みたいに闇魔法を使ってて――」
カノアはそれ以降、ティアの言葉が頭に入って来なかった。
七ノ月の十五日の朝。
一日の始まり。いつもの朝。今日もまた、異世界での一日が始まる。




