第14話『コンシデレーション・ライク・ラメンタービレ #1』
この光景を見るのは何度目だろうか。
体を起こし開けっ放しの入口に目をやると、自分に乗っかってきた子供たちが騒ぎながら階下へと降りていく声が耳に届いた。
「今日は、何日だ」
まだはっきりとしない頭で部屋を見渡しながら、この孤児院に来てから幾度となく経験した朝の記憶を思い出す。
「そうか。また辺境伯の屋敷からの帰り道で襲われたんだったな」
次第にはっきりとしてくる頭を働かせながら、カノアは出来る限り自分の身に起きた出来事を思い出してみる。
夜の街道で誰かと出会い、魔物に襲われ、そして――。
「一回目に襲われた時、魔物は居なかったはず。いや、居たのかもしれないが、今回のようにはっきりと姿は確認出来ていない」
辺境伯の屋敷へ行く理由が違ったためか、村の中を案内してもらったことで何か変わってしまったのか。
検証をするのであれば全く一緒の行動を取るべきだったと反省しつつも、違った行動を取っても同じシナリオを辿ったことには何か意味を感じた。
考察を重ねながらベッドから立ち上がると、これまでに感じられなかった鈍い痛みが下からこみ上げるように襲ってきた。いや、下からだけではない。先ほど子供に乗っかられた腹部の辺りも、その衝撃が残っているかのように痛みを感じ始める。
「怪我? 傷口は塞がっているようだが、切り傷や、これは……嚙まれた後か?」
カノアは着ている服が学生服から変わっていることに気が付いた。服をめくると、体に塞がったばかりの生々しい傷跡があることが分かる。
「着ていた服が変わっている。それに今まではこんな傷跡は無かったはずだ……」
ループしているはずの時間の中で起きた異なる事象により、少しずつ現状に対して理解が追い付いてくる。
「これはつまり、そういうことか」
体に刻まれた傷跡を確認し、服を整える。
そして、その予想が確信へと変わる出来事がもう一つ。
「カノア!」
傷跡を確認している時、部屋の入り口の向こうから何かが階下から駆け上がってくる足音が聞こえていた。
その足音の持ち主は二階へ到着すると、一目散にこの部屋へと走り込んできた。
「おはよう、ティア」
部屋へと入ってきたティアは大胆にも抱きついてきた。傷口が塞がっているとはいえ、カノアは体中が痛んだ。しかし感じたのは痛みだけでは無かったことを、口には出さないようにした。
「カノア、良かった。私、もうダメかと思っちゃって。っ……、うぅ……」
ティアは顔を見られたくないのか、抱きついたまま離れない。
耳の後ろから鼻をすする音が聞こえてきたので、カノアは何も言わずそのままティアの背中に手を回す。
薄っすらと記憶の中に存在する、夜の街道が過ぎ去る風景。顔は見えなかったが、恐らく泣いていたであろうティアの息遣いと、温もりを感じたあの背中。
それはカノアの閉ざされた心の扉をゆっくりと開くように、少しずつ思い出される。
「ありがとう。君のおかげで助かった」
七ノ月の十五日の朝。
カノアは暫くティアを抱きしめていた。
◆◇◆◇◆◇◆
「本当にもう大丈夫なの?」
カノアはようやく落ち着いたティアと一緒に一階へと降りてきた。
「ああ、ティアのおかげで助かった。本当にありがとう」
「ううん、私は連れてくることしか出来なかった。それにカノアの傷を治してくれたのはママだから」
聞くところによると、孤児院に運び込まれてから少し前までずっとママが看病をしてくれていたらしい。
傷の塞がり方を見ても、カノアが日本に居た時のような治療方法とは大きく異なる何かが行われたことは想像に容易い。
「ママにもちゃんとお礼を言わないとな。今は何処に?」
「カノアが目を覚ます少し前に王都に向かったよ。大きな傷自体は治せても、ちゃんと完治させるにはお薬が必要だって言ってた」
「そうか。色々と面倒を掛けてしまっているな」
「私もママも面倒だなんて思ってないよ? ママもカノアのことは家族だって言ってくれてたし」
出会ってからまだ数日しか経っておらず、素性も知れない自分を受け入れてくれていることに、カノアは感謝の念が絶えない。
「少し散歩してきても良いか? 軽く体を動かしたいんだ」
「うん、分かった。あ、でもその前に朝ごはん食べられる? ママが用意してくれてるの」
「それならご飯を頂いてから出掛けるよ」
カノアは食事を済ませ身支度を整え玄関に向かう。心配そうにするティアに見送られながらカノアは孤児院を後にした。




