第12話『迫りくる刺客』
前回のことを考え、カノアは少し早めに辺境伯の屋敷を後にすることをティアに提案していた。ティアは不思議そうにしていたがその提案を受け入れ、カノアたちは日が傾くよりも少し早い時間にメラトリス村に戻った。
カノアたちが村に戻った時にはママはまだ王都から戻っておらず、村の中で出会うことも無かった。
一連の用事を済ませたカノアは、ティアと孤児院に戻ることにした。
「さて、お夕飯までまだ時間あるし何しよっか? あ、そういえばこの村のことちゃんとカノアに案内してなかったよね? お夕飯まで少し回ってみる?」
確かにこの村のことをちゃんと知らなかったので、カノアはティアに村の案内をお願いすることにした。
「ありがたく案内してもらうことにするよ」
「任されました! えへへ」
ティアは張り切ってガイド役を引き受けてくれた。
こういった姿を見ているとティアのことは疑いたく無いのだが、それでもティアのことをまだ完全に対象から外すことの出来ないカノアは、自分自身に少し嫌気が差していた。
◆◇◆◇◆◇◆
カノア達は孤児院のある居住区内を歩き、出会った村人たちとも挨拶を交わしながら行動範囲を広げて行っていた。
「またねー、リガスさん」
ティアは優しそうな大柄の男に手を振ると、カノアもそれに合わせて会釈をする。
「じゃあ次は村長さんのところに行ってみよっか。昨日村の入口で会ったけど、まだちゃんと挨拶出来てなかったでしょ?」
「そうだな。お願いするよ」
カノアたちが次の村案内のルートについて作戦会議をしていると、ママが歩いてくるのが見えた。いつの間にかママが王都から帰ってくる時間になっていたらしい。
「あらあら、二人でお出迎えですか? ママ感激です♪」
「お帰りママ! うわ、すっごい荷物だね。王都にでも行ってたの?」
やはりティアは、この時点ではママが王都へ行っていたことを知らない様子だ。
「そうなんです。今日は沢山買って来ちゃいました♪」
カノアは辺境伯からの言葉をママに伝える。
「頼まれていた荷物は届けてあります。デザインについては、何かあれば改めて連絡を頂けるとのことでした」
「まぁまぁ、ありがとう、カノア。助かりました。お礼に今日のお夕飯はスープ大盛にしちゃいます♪」
ひとまずはこれで辺境伯のところへ向かう用事も終わった。そう考えると、例の街道で襲撃を受けることも無いだろう。
カノアはママとの会話を終えると、引き続き夕飯までの時間でティアに村の案内をしてもらった。
◆◇◆◇◆◇◆
「おかしいですね~。何処にいったのかしら?」
ティアに村の案内を一通りしてもらってから孤児院に戻ると、ダイニングでママが何かを探していた。
「ただいま、ママ。どうしたの?」
何事かと、ティアがママに問いかける。
「んー。ニカの哺乳瓶が見当たらないんです。あの子あれじゃないとミルク飲んでくれないので困っているんです~」
話を聞くとどうやらニカと言うのは、ルカの弟らしい。カノアは、今朝テーブルの下に潜り込んでいた赤ん坊が哺乳瓶を持っていたことを思い出す。
「あの子、朝はあの哺乳瓶でミルクを飲んでいたんですけど、気が付いた時にはもう持っていなくって。あの子いつもはミルク飲み終わってもずっと持っているほど気に入っていたのに、どうしたのかしら」
「その子はずっとこの部屋に居たんですか?」
カノアは何か手掛かりになるようなことは無いかと、ママと一緒に哺乳瓶の行方を考える。
「そうなんです。カノアが朝ごはんを食べていた時にテーブルの下に居た子なんですけど、あの後ずっとこの部屋で寝ていたので何処かに持っていったとも考えられなくて」
だとするとこの部屋の何処かに落ちているか、あるいは――。
カノアは糸を手繰り寄せるように今朝の記憶を掘り起こし、今更あることに気が付いた。
「あの、恐らくですが、あの時横に置いてあった手提げ袋の中に入っていたんじゃないかと思います」
「ええ!? それってイヴレーア辺境伯のところに持って行ってもらった手提げ袋のことですか?」
「ママがあの手提げ袋を取りに行ったとき、あの子はママの方に両手を伸ばしていました。抱っこしてもらえると思っているのだろうと何気なく見ていましたが、考えてみればその時にはもう哺乳瓶を手に持っていなかったはずです」
ニカは哺乳瓶を随分と気に入っていたということもあり、近くにあった手提げ袋の中に大切にしまったのかもしれない。
「そう言われると確かにあの子抱っこして欲しそうにしていたような……。あぁ、どうしてもっと早く気が付かなかったのかしら」
ママは随分困ったことになった、と酷く落胆している様子だ。それを見かねたティアがママに提言する。
「ママ。その哺乳瓶、私がイヴレーア辺境伯のところまで取りに行ってこよっか?」
「もう夕方なのにお願いするのも悪いです。でも他の哺乳瓶だとあの子ミルク飲まないし、やっぱりお願いしたほうが良いのかしら。ああ、でもそろそろお外も暗くなってくるし、行ってもらうのも……」
ママは赤ん坊とティアの双方を心配して踏ん切りがつかない様だった。
カノアは自分にも原因の一端はあると思いつつ、こうなった原因が別にある可能性も考慮して、自分が辺境伯のところへ行くという選択肢をあえて提案した。
「ティア。風のソフィアを貸してくれないか? 魔法の練習にもなるし、辺境伯のところへは俺が行ってくるよ」
「カノア一人で? 私も着いて行かなくて大丈夫?」
「ああ、まだ上手く魔法を使えないからティアを連れて移動するのはもう少し上達してからにするよ」
今回もティアに同行してもらうわけにはいかなかった。それは魔法の上達とは関係なく、ティアが例の犯人ではないことを確かめるためにも必要なことだったからだ。
◆◇◆◇◆◇◆
「外も暗くなってくるし、気を付けて行ってきてね」
ティアは村の入口までカノアを心配して見送りに来ていた。
気を付けなければならないことは、前回の経験で嫌と言う程身に染みている。
今思えばあの時出会った人影がティアだったとしたら、今回のように無くなった哺乳瓶を追いかけてあの時間に村の方から来ていたのかもしれない。そして、人目の無いところで隠していた狂気を――。
カノアは頭の中で自身の考えを振り払う。
慎重過ぎるが故に、何かと物事を悪い方向に考えてしまうのは良くない。
「それじゃあ行ってくるよ。夕飯は先に食べていてくれ。……少し、遅くなるかもしれないから」
カノアは前回よりも少し早足で屋敷へ向かった。
昼間に辺境伯の屋敷へ行く用事を先回りして潰したはずが、結局行かざるを得なくなった今の状況に陰謀めいたものすら感じる。
この流れが抗えないものなのか、選択によって未来が変わるのか。それを確かめるためにも、もう一度あの時間あの暗闇の中で殺意と向き合う必要があると、カノアは決意を固めた。
◆◇◆◇◆◇◆
『左様でございますか。お気を付けてお帰り下さいませ』
カノアは、アンナが前回同様頭を下げ、屋敷を後にするのを見送ってくれていたことを思い出す。
哺乳瓶はやはり手提げ袋の中に紛れ込んでいたらしい。アンナから哺乳瓶が入った手提げ袋を受け取ると、カノアは辺境伯の屋敷を後に村への帰路に着いていた。
「屋敷は進行方向と逆になるから、アンナさんってことは無いか」
カノアは前回の結末に至る道筋を考え、一人ひとりのアリバイを洗っていく。ただし、この世界には魔法と言う日本に居た時の常識を大きく覆す存在があるため、常識に囚われていてはいけない。
そして、もしカノアの想像している通り死ぬことで過去に戻れるなら、今回はある程度のリスクを冒してでもはっきりと顔を見なくてはならない。
最初からこの場にティアが居合わせては敵味方の判別が出来なくなる上、犯人がティアじゃなかった場合は危険に巻き込むことになる。
カノアはそういう意味でも今回はティアに同行を控えてもらっていた。
哺乳瓶もカノアが回収したので、ティアが辺境伯のところへ向かう理由も無くなったはず。これでもしティアと街道で出会ってしまった場合、その時は……。
駆け抜ける風が草原のざわめきを大きくする。それが合図とばかりに、カノアは進路の先から人影が歩いてくるのが見えた。




