第6話『小さなゴーレムとにわか雨』
魔素を封じていたブレスレットという免罪符を失った今、魔法を扱えないという言い訳は出来なくなった。
カノアが魔法を使えないことが分かれば、次は何故そんなやつが討伐作戦に参加していたのかと問い詰められることだろう。
最初から森の外で出会ったことにすれば良かったと少しばかり後悔していた。
「さぁどうした? これを使ってお前の実力を教えてくれ」
エルネストはカノアに土のソフィアを渡す。差し出されたまま放っておくわけにもいかないので、カノアはひとまずそれを受け取った。
「これは指輪タイプのものなんだな」
カノアは適当に会話を引き延ばしつつ、切り抜ける方法を探る。
手渡されたソフィアは大きさこそ違えど、ティアのソフィアのように鮮やかな細工がしてある。
「サイズが小さいから俺の指には合わないが、お前のその細い指ならどれか合うだろ」
「親指でも少し余るんだが……」
サイズが小さいと言われた指輪を試しに親指に着けてみるが、それでも少し緩い。
仕方ないので適当に誤魔化そうと言い訳の言葉を口にする――が、
「すまない、実は土の魔法が苦手で――」
カノアの言葉を遮るように、辺りの地面が何やら動き始めた。
「お? 土人形か。造形魔法とはなかなかセンスがあるじゃねぇか」
エルネストの足元の土が盛り上がり、三十センチほどのゴーレムが這い出てきた。
「おー、にぃちゃんすげー!」
「ちいさいゴーレムかわいいー」
周囲で見ていた子供たちが、ゴーレムを取り囲むように集まる。
だがカノアには特に何か発動したような感覚、それこそ闇魔法を発動した時のような感覚は無かった。
「がっはっは。もう少し大きいゴーレムなら戦闘にも使えたんだが、これくらいなら子供たちの遊び相手に丁度いい。お前には戦いじゃなくて子供たちの相手を頼むことになりそうだ」
よく分からずといった具合だったが、事なきを得たカノアは指からソフィアを取り外すとエルネストに返し、エルネストは笑いながらそれを受け取った。
「ねぇ、カノア。何か違和感とか無かった? 問題無いなら良いんだけど……」
エルネストの目を盗むようにティアがこっそりとカノアに話しかける。
カノアは自身の体の隅々まで意識を張り巡らせてみたが、違和感などは無かった。
「なぁティア。今何か別のソフィアを持っていたりしないか?」
「え? んー、さっき部屋に戻った時、水のソフィアを取って来てるけど。もしかしてこれも試してみたいってこと? まだ安全と決まったわけじゃないし、あまり沢山使うのは控えた方が……」
「少し確認したいことがあるんだ。無茶なことはしないさ」
カノアはティアから指輪の形をした水のソフィアを受け取った。今度は先ほどよりサイズが小さいので、小指に着ける。
カノアは闇魔法を使っていた時の感覚を思い出しながら力を込めてみる。
「いや、ダメだ。やはり俺には扱えないらしい」
カノアは何の反応もないソフィアを小指から取り外すと、ティアに返した。
「そっか。ならカノアは土の加護持ちなのかもね」
「土の加護?」
「精霊の加護っていうのがあって、稀に生まれた時にその加護を授かる人がいるって話があるの。加護を受けた人はその精霊の属性の魔法が特に得意になるって言われているんだけど、反対にその属性が不得意な精霊の魔法が苦手になることもあるって言われているから、きっとそれなんじゃないかな?」
「相性があるのか」
カノア達が魔法について会話していると、玄関の方から声がする。
「みんな~。お洗濯物取り込むの手伝って~」
カノアたちが声のする方を見ると、ママが両手に洗濯カゴを持って出てきているのが分かった。
「さっき干したばかりなのに、もう取り込むのか?」
干したばかりの洗濯物を取り込むと言うママに、エルネストが不思議そうに尋ねる。洗濯カゴを受け取ろうと伸ばしたエルネストの手に雨粒が当たる。
「おわっ。さっきまで晴れていたのに急なもんだな」
空を見上げるといつの間にか雨雲が掛かっており、ポツポツと振り始めた雨の中、皆で手分けして洗濯物を取り込む。
次第に強くなる雨脚に急かされていたこともあり、十分も経たない内に終わりが見えてきた。
「カノア、一つお願いして良い?」
カノアがルカと洗濯物を取り込んでいると、ティアが両手に洗濯カゴを持って歩み寄って来た。
カノアはカゴを一つ受け取るとティアに告げる。
「後はやっておくよ。風邪を引くから先に戻って着替えた方が良い」
「え? ……きゃっ!?」
ティアは自分の首より下に視線を向けて、思わず顔を紅潮させる。
「……えっち」
ティアは手に持っていたもう一つの洗濯カゴで濡れていた衣服を隠すように両手で抱きかかえると素早く振り向き、小走りで孤児院に入って行った。
「どうしたんだ? ティアのやつ」
勿論、そういうつもりの発言では無かったのでカノアはその反応に困惑を示したが、女の子に勘違いをさせた時点で男の負けなのだ。
「朴念仁め……。こりゃティア姉ちゃん苦労するぞ」
ルカは走り去ったティアを呆然と見送っているカノアの傍でそう呟くと、洗濯カゴを持って一足先に孤児院へと戻って行った。
◆◇◆◇◆◇◆
「ティア、カノア。ちょっと良いか?」
洗濯物を取り込み終わって一段落していた時、エルネストが話し掛けてきた。
「例の件だが、やはり俺は行けそうにないから二人でヘロストのところへ行ってきてくれ」
「うん、分かった」
何の話か分からないカノアは、エルネストに聞き返す。
「例の件?」
「それはティアが知っている。お前は道中ティアのことを守ってやれ。さっきの可愛いゴーレムでな」
少し小馬鹿にしたような言い方が癇に障ったが、事を荒立ててまた魔法の話を振られても困るのでカノアは受け流した。
「さっき私がお願いしたの。本当はエルネストと二人で行く予定だったんだけど、エルネストが急用で行けないかもって話になって」
カノアはよく分からなかったが、どうやら明日は何処かに出掛けることになったらしい。
「了解した。それで何処に行くんだ?」
「イヴレーア辺境伯のお屋敷だよ。イヴレーア辺境伯って言うのは、この村の近辺から国境のある西の大峡谷までの領地を治めてくださっている方よ。例の討伐依頼も村長から受理してギルドに繋いでくれたのもイヴレーア辺境伯。私たちが頻繁にこの国を出入り出来ているのもその人のおかげなの」
「そんな貴族まで手を貸しているとなると、いよいよこの国も一枚岩という感じじゃなさそうだな」
「そうね。王都内も教皇派と国王派で分かれてるし、そのどちらにも属していない革命派も居るから」
どちらも支持していない革命派とやらがティアたちのような人間だとして、それとは別にこの国を治める国王派閥と、もう一つよく分からないが何か宗教的な派閥があるらしい。
「本当は今日行っておきたかったんだが、あいにく外はこの雨だ。明日、日を改めて行ってきてくれ」
「エルネストが行かなくても大丈夫なのか?」
「明日は屋根の修理をしなくちゃならん。この雨で端の部屋の天井に穴が開いているのが見つかった。放っておくわけにもいかないし、あいつは貴族だが気難しいやつじゃないからお前が行っても大丈夫だ」
急に降り出した雨はその後三十分もせずに止んだ。どうやらにわか雨だったらしいが、今日はママがカノアの歓迎会を開くとのことで、辺境伯のところへはやはり明日行くことになった。
ふとカノアが窓から外を覗いたとき、雨雲が去った後の空から降り注ぐ光が濡れた地面を照らしているのが見えた。
この世界のあれも太陽と呼ぶのだろうか、とカノアは思った。




