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ふつうの魔王  作者: 微糖貞与
第一章 死の山脈
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ひと刺し指



「このチカチカするのどうにかなんないか?」


『闇を泳ぐよりは幾許(いくばく)かマシであろ。相構(あひかま)へて歩くがよい』


 黄昏時は短く、早くも夜の(とばり)が森を隠そうとしていた。

 頭上にはオドラデクが魔法で作ったと言い張る不気味な玉が光っている。

 それが獣道を照らしてくれてはいるのだが、電圧不足の電球さながら忙しく点滅するため、見通しも悪く、鬱陶(うっとう)しくて助けにならない。


「このチカチカに瞬膜が反応して気持ち悪いんだよ」


『口が減らぬ小童(こわっぱ)め。ほれ、川じゃ。魚でも獲ろうかの』


「お、いいね。ぼちぼち腹も減ったしな」


 俺は山育ちだ。川魚は嫌いじゃない。



 やたらとでかい倒木を跨ぎ、少し急な坂を下る。

 獣道とは、文字通り獣が通る事によってできた道だが、この道は幅も広く、固く踏み締められているのが分かる。歩きやすいが、大型の獣が存在する証でもある。

 一抹の不安に駆られながらも、光に導かれて進む。が、岩場に差し掛かった辺りで、とんでもないものを見つけてしまった。

 ゆうに五十センチを超える、特大の足跡だ。


土竜(アースドラゴン)の子であろ』


 いやあ、甘く見積もってたわ。

 地球と大差ない環境かと、勝手に希望的観測をかましてた自分に冷や水を浴びせられた。

 ドラゴンか……。おっかないな。


『土竜はの、(かさ)は高いが大人しい。ドラゴンとは名ばかりの、其方の世界にもおる草食恐竜みたいなものじゃ』

 

「いないいない。そんなもん骨しか見た事ないよ」


(まこと)気怖(けおそ)ろしきは龍よのう。太古より、この世の生態系の頂点、否、枠外に君臨する怪獣か。きゃつらに比ぶれば、竜など他愛もないトカゲに過ぎん』


 魔王にドラゴンね……。思いっきりファンタジーの世界だな。


()てまた龍は精霊の(たぐい)と思うて大事ない。出会う事もまずないであろ。五匹しかおらんしの。

 それより魚じゃ。この先の飛泉(ひせん)が、遡上(そじょう)止め(魚が登れない滝)になっておる。その手前で右往左往しとる大物を狙うぞ』


「よしきた」




 なんて気合を入れたものの、徒手空拳である。

 小さな滝を前に、どうしたものかと思案する。

 (かま)(滝つぼ)も大した事はない。よくある普通の川だな。ならなんぼでも手段はある。田舎モンを舐めるなよ。


『レッスン1じゃ。人差し指を立ててみよ』 


 簡単な罠でも作ろうかと考えていた矢先に、オドラデクが妙な事を言う。


「ん? こうか?」


『残りの指は(しっか)と握り込め。ぎゅっとじゃ。そう。それで川を指させ』


「オーケー。なあ、これもしかして……」


 魔法のレッスンかな? バケモンになった事だし、魔法が使えてチートチートなパターンだろうか。もしそうならおじさん興奮しちゃうぞ。


『ふん。其方の右腕を借りるぞ。儂が釣るからコツを学べ』


「釣る?」



 何だコレ? とりあえず右腕のコントロールを持っていかれたのを理解する。

 勝手に動く右腕。不思議な感覚だ。霊に取り憑かれた人ってこんな感じなのかね?


「あっ……。これは?」 


 そして唐突に知覚する。

 肉体に内在する強い力。今、俺という一生命体を生かしてくれている形のない力。

 全身を駆け巡る無数の粒子。その群れはまるで体内に吹き荒れる風だ。


『それが魔力よ』


 魔力。ふむ、魔力ね。納得せざるをえない。魔力っぽいもんなコレ。

 なるほど。なら魔素とか言ってたやつの正体は、この魔力を成している素粒子の事なんだろう。そりゃ生身でこんなエネルギーに晒されれば、死んじゃうわよね。


『概ね正解じゃ』


 瞬膜が完全に閉じた。

 俺の知識にある瞬膜とは、水平に動いて眼球を保護する半透明の瞼の事なんだが、これは……。ただの保護膜じゃないぞ!

 これは魔素を認識するための視覚器官だ!



「…………綺麗だ」


『であろ♡』


 瞬膜を通して見る世界は、とてつもなく美しかった。

 色鮮やかな光の粒が織り成す幾何学模様。さらにその幾何学模様が無限に連なる万華鏡……。この星に満ちる力の神秘を、これでもかと網膜に叩きつけられる。



 ふと、一際強く輝く光の玉を見上げる。

 オドラデクが作った魔法の玉だ。チカチカと鬱陶しかったそれは、ああこれは、点滅してたんじゃない。脈動していたんだ。

 ソナーか。

 一定のタイミングで魔力を周囲に放ち、その反射具合でもって生命体を探知しているんだな。よくできてる。

 となると、狙いはアレかな? 

 釜の岩陰にけっこう大きめの影を感じる。ちょうど右腕もそれを指さしていた。


『反動に備えて足腰を固めよ』


「お、おう…」


 とうとう魔法を使うのか。

 緊張で耳の後ろが汗ばむ。

 初めて目の当たりにする魔法に、年甲斐もなく心が(おど)った。

 高まる期待と呼応するが如く、指先に収束した魔力が熱を帯びてゆく。

 くっ! 火炎系の魔法かっ!

 温度が跳ね上がる。ア゛ッ、づいい。めっちゃ熱い! 熱すぎるぞバカ!


「熱いの超えて痛いいい!」


 その瞬間、人差し指の爪がパックリと剝がれ、中から見覚えのあるあの黒い触手がにゅるにゅると生えた。


「なんじゃこりゃあああ!」


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