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ふつうの魔王  作者: 微糖貞与
第一章 死の山脈
3/11

ヒトデ人間



 死ぬのが怖かった。

 まあ、誰だってそうだろう。

 いつかは死ぬ。この重要で、残酷な課題を頭の片隅に追いやり、実際忘れたまま俺は日々を過ごしてきた。

 だが考えた事くらいはある。己の死を思い描いたのも一度や二度じゃない。

 何が嫌かって、痛いのが嫌だよ。

 長く苦しまず、ふわっと死ねたらいい。そう思っていた。

 その点だけで見れば、この死に方は悪くない。少なくとも痛みや苦しみもなく、あっさりと逝けたのだから。


 瞼が開く。


「あ…」


 岩肌らしきゴツゴツとした天井に驚いた。

 仄暗い。何もかもがぼんやりと霞がかっている。


 死んだはず、だが……?


 ん~…。

 どうも死んでいない気がする。

 青臭い。ジャスミンか山査子(サンザシ)だろうか? ほのかに甘い香りも混じっている。

 かすかな水音が聞こえる。せせらぎだな。近くに川があるんだろう。

 少し暑い。肌はじんわりと湿り気を帯びている。

 やっぱり俺は、生きている。



 石床に寝ていたせいか、背中ばかりが冷たい。まだ痺れの残る上体を起こして、辺りを見渡す。

 浅く、狭い洞窟の中だ。せいぜい二十畳あるなしか。

 壁面には溶食の跡がノッチとなって刻まれているが、乾燥している。

 岩溝のパックリと開いた裂け目が、外界との接点、つまり出入り口となっている形だが、ブドウ科のそれに似た(ツタ)に阻まれていて、光量が足りない。


 逃げ腰で裂け目に近寄り、闇雲に蔦を払えば、オレンジ色の光が洞窟内を明るく照らし出した。

 美しい。夕陽の光線だ。

 こりゃまた時間が飛んでるな……。


 時計を確認する気力も湧かず、その場にへたり込んだ。

 もはや何をする気もない。

 あのまま死ねば楽だった。

 とりとめもない考えが浮かんでは消えるが、もうどうでもいいという感情に掻き消されて意味を成さない。




『まあそうよの。いぶかしく思うて()るべしよの』


 頭の中で細い声がした。

 あのヒトデだ!


『オドラデクじゃ。じゃが(つつ)みなく蘇生も契りも整うた。まずはひと安心じゃの』


 安心だと?

 (しゃく)(さわ)るセリフだ。俺は温厚な部類の人間だと自負しているが、さすがに怒りが込み上げてくる。訳も分からず安心なんてできるか! 俺の普通を返せ!


「どこにいる! 姿を見せろ!」


『それは叶わぬ』


「クソがっ!」


 カッとして足元にあった岩を蹴って怒鳴った。普段の俺なら、いや人間なら持ち上がるかどうかも怪しいサイズの岩だったが、小気味よくぶっ飛んだ挙句、壁面に激突して砕け散った。

 ……はい? と思ったが、今オコだから俺。この尋常じゃないキックについては怒りのせいだと強引にスルーして、オコを続行する。


「その時代がかった喋り方もやめろ! めんどくさい!」


『叶わぬ。どう聞こえておるのか……。口調は其方の勝手なイメージじゃ。

 今しがた其方を蘇生する際、儂は儂の依代(よりしろ)を其方の死体と()ぜ合わせた。

 依代とは其方がヒトデと呼んだあの(アバター)よ。その働きにより其方は甦った。

 ゆえにこうして其方に儂が憑依することもできる。儂は新たな依代を得、依代は魂を得、其方は不滅の肉体を得た。万事丸う収まったと思わんかえ?』


「はあ?」


 瞬く間に怒りの潮が引き、逆に青ざめる。

 こいつはいったい何を言っているんだ?

 ヒトデと雑ぜ合わせたとか言わなかったか? あの気持ち悪いのと? 俺を?


「嘘だろ…」


 思わず両手を広げて見る。……何だこれは? 俺の手じゃない。

 微妙にだが、手相が変わっている。いや手相なんかどうでもいいんだって。

 真っ白だ。女の柔肌よりも白いとさえ感じるが、貧弱さはない。むしろ獣じみた力強さが滲む、深みのある艶と、青く走る血管……。

 特にひどいのが指先だ。爪が分厚くて硬い。それが第一関節の根元からがっつり生えている。末節骨が丸ごと爪になったみたいだ。


「ひぃ」


 そういえば歯が抜け落ちていた。あれはどうなった?

 慌てて口をまさぐる……が、ちゃんとある。

 あるが、このやたらと尖った犬歯は何だ?


「…牙だ。バケモンじゃないか」


『違わぬ。末永く健やかに生きられる肉体を目指したところ、そうなってしもた。神の器と雑ぜ合わさった其方は、もはや人とは言い難い。つまるところヒトデ人間よの。人で(ヒトデ)はあるが人で(ヒトデ)なし…。プフ』


「…………ヒトデ人間」



 震える手でスマホを取り出し、カメラを起動する。

 爪のせいでタップすら難しい。なかなか自撮りモードになってくれない。

 しつこくチャレンジして、ようやく画面に映った己の顔を見て驚愕する。


 言葉も出ない。

 蒼白い顔で牙を剥くそいつは、まるでB級映画の吸血鬼だ。

 ……いかつすぎる。

 若返っている気もするが、そういう問題じゃない。

 牙もたいがいだが目がえぐい。皮膚同様に色素が欠落してしまったのか、灰色の虹彩に、真っ赤な瞳孔……。ちょっとまて、このクソでかい目ヤニみたいなのは何だ?

 まさか、瞬膜か!

 驚いた拍子に、目頭から、シャッターを切る速さで瞬膜がぱちくりした。


「い~やレプティリアンかい!」


『否。ヒトデ人間じゃ』



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