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「ーーどういうことですか?」



 戸惑って思わず尋ねてしまう。

 わたしたちの正面に置かれた籠の中には、傷ついた白い子猫が丸まっていた。ただ、毛並みはパサつき、何箇所もある裂傷からはまだ血が滴っていた。とくに背中の焼けこげたような傷跡は皮膚を深くえぐっていた。



「もともとは妖だった」


「え……」


「姫さんが寝てる間、近場に出没してよ。取り憑いていた『災い』の思念は俺が封じてきたんだ。普通ならそこで取り憑かれてた生き物も息絶えちまう。でもこいつはギリギリのところで生きていた。なんとか連れ帰ってきたんだが、このままじゃあ今日明日の命だ」


「可哀想に……」



 傷ついて、がりがりに痩せてしまった子猫は痛々しかった。

 つらかったでしょう、お腹が空いていることでしょう……。

 少しだけ自分を重ねてしまう。冷たい蔵に横たわって、まともな食事も取れず熱を出したとき。ひたひたと迫ってくる死の足音がどんなに恐ろしいか。

 子猫はひゅー、ひゅー、と浅い呼吸を繰り返している。



「この子猫のために『癒しの唄』を奏でてくれないか」


「それは……わたしでよろしいのですか?」


 わたしは試しの儀式すら受けられていない。正式な守護術師どころか、見習いですらないのだ。


「この子を助けるなら、宝玉を用いて癒してあげた方が…」


「残念ながらそれは無理だな」


「ああ。癒しの守護力を込めた宝玉は数少なくーー、ここにはないんだ」


「無知から無理を申し上げました」


「いや、かまわない。ここに宝玉があるなら、それがもっとも確実なやり方だ」


「まぁ、宝玉っていう高価なもんを子猫のために使わせてもらえたらな」


 その通りだ。


「では、僭越ながら、気持ちだけでも精一杯込めて奏でます」


 手にした琵琶琴をポロンと爪弾いて、音を確認する。


「頼む」


 すぅ、と胸に空気を吸い込む。

 始まりの一節で弦をふるわせると、こわばっていた体がほぐれてくる。何日も歌ってさえいなかった喉は少しいがらっぽく、指は固まってなめらかには動かない。

 けれど、それでも久しぶりに触れる楽器に、わたしのなかで喜びが溢れるのが分かった。


 心地いい。わたしは音楽が好き。歌うのも好き!


 そしてその喜びと同時に、この小さな命を助けたい気持ちを、一音一音にそっと乗せていく。

 どうか傷ついた体が、これ以上痛みを感じないように。

 使い慣れない琵琶琴びわごとが、だんだん手に馴染んでくるのがわかった。低く深く低音は力強い命の脈動のように響かせ、高音は澄み渡った清浄な水がぽろぽろと傷口に注ぐように時の流れに置いていく。

 この響きが、せめてあなたの苦しみを洗い流してくれればいい。


 目の前の子猫の体がピクリと動いた。

 ひとしきり前奏を終えて、唄に合わせて、そっとわたしは唇を開き、声を音にのせてーー。

 と、目の前のふたりがハッと目を見開いた。



   …光の粒よ ここに集いて

    いやし給え 傷つきし人を

    憎しまず ただ安らかに…


 わたしの声が、音の調べに乗って部屋に満ちる。それはさざなみのように空気を揺らしていく。

 ふと、窓から差し込んでいた光がまばゆく感じて、まるで光の粒子が増えたようだった。

 ふにゃ、と子猫の口が小さく開いて、ピンクの舌が見えた。


 わたしの体もぽかぽかと温かく、重かった指先が思い通りにうごき始める。

 心地いい、幸せな時間。

 叔母に琵琶琴を取り上げられるまでは、毎日時間を見つけては小さな音量で奏でていた。大好きな時間。

 続く歌詞を口にしようとしたときーー



「そこまで」

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