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8 イーリス王国視察団

この世界にある5つの国の一つ、イーリス王国からの使節団を出迎えたのは午後の早い時間だった。

「ようこそ、リアンへ」

如才なく挨拶をしイーリス王国の代表とにこやかに握手を交わしているのはアルフレド殿下だ。

「突然の訪問になりましたこと、お許しください」

そういって謝罪をするのはイーリス王国の王太子、レックス殿下。彼はちらりとわたしに視線を向け、

「それでこちらの方が?」

わたしは努めてゆったりとした動作で優雅にお辞儀(カーテシー)をした。

「聖女候補の葉山恵奈です」

そして穏やかな笑みを浮かべてみせた。ちなみに内心はひやひやしている、わたしの背後ではマナー講師であるリンド夫人が一挙手一投足をチェックしているのだ。ひとつでもミスをすれば徹夜のレッスンが待っているだろう。

「初めまして、イーリス王国のレックスです。以後、お見知りおきを」

彼はわたしの手をとり唇をよせた。日本人にはない気障なしぐさにぞわぞわする、が、それを表に出したが最後、マナー講師の鉄拳が飛んでくる。

生徒に鉄拳を飛ばすマナー講師と、気障なしぐさを気持ち悪いと跳ね除けるのと、いったいどちらがより重いマナー違反になるのだろうと馬鹿なことを考えつつ、微笑みを張り付けて王太子の挨拶を受け取った。


話はこの日の早朝に(さかのぼ)る。

「エナ様、起きてください」

いつも冷静沈着なマリアさんが慌てた声を出している。

「わたし、寝坊しました?」

飛び起きるとすぐお風呂場に直行させられた。学園(アカデミー)へ行くのに朝からお風呂は必要ないと思うし、窓の外はまだ若干暗い時間で寝坊にしては早すぎる。

納得しないままひとまずお風呂を終え、戻ってくると数人のメイドが待ち構えていた。

「あの?」

「さ、こちらへ」

「おぐしを乾かしますね」

「マッサージ致しますので、お手を」

彼女らは我先にとわたしに群がり、自らに与えられたのであろう職務(ミッション)をクリアしようとする。

「ちょっと待ってください、どういうことですか?」

「だまらっしゃい!」

誰よりも大きな声が部屋を支配した。

「淑女はそのように大声は出しません」

いや、お前はどうなんだ、というツッコミでもいれようものなら蹴り飛ばされるだろうな、と簡単に予測できる居住まいをした侍女だった。

「でも状況が理解できません」

それでもわたしは勇気を振り絞って抗議する。侍女はちらりと背後に視線を送り、

「マーリアっ!」

と、先ほどと同じく大きな声でマリアさんを呼びつけた。

「はいっ」

控えていたメイドの中からマリアさんが飛び出してきた。その顔には明らかに怯えが見える。マリアさんを恐怖させるなんて、この侍女は何者なの?

「エナ様へのご説明はまだですか?」

「申し訳ございません、エナ様は先ほど起きられたばかりで」

「言い訳はよろしい」

侍女はマリアさんの言葉をさえぎって黙らせた。それからわたしに向き直って、

「申し遅れました、わたくしはステイシー・リンド、王家の方々のマナー講師を勤めております。この度、エナ様への教育を陛下より賜りました」

「教育?」

「急なことではございますが本日の午後、イーリス王国の視察団が来訪されることとなりました。エナ様にはおもてなしのために必要な振る舞いを学んでいただきます」

「でも今日の午後ですよね?今から教育と言われましても無理があるかと」

そういうわたしにリンド夫人はぐいっと顔をよせた。

「何事も、やってみなければわかりません」

「え?でも」

「やってみなければわかりません」

畳みかけるように言われ、わたしはしぶしぶ頷いた。

「そう、かもしれません」

「違います、微笑みを絶やさず、『そうかもしれませんわね』でございます」

もう始まってるのかい。

「そ、そうかもしれませんわね?」

「はい、もう一度!」

「そうかもしれませんわね」

「微笑みが足りません、もう一度」

「そうかもしれませんわね」

その間にもメイドたちはわたしの着替え、メイク、ヘアスタイルをどんどん整えていく。

わたしが『そうかもしれませんわね』製造マシーンに化したころ、ようやくリンド夫人は合格を出した。

そしてほっとする間もなく、

「次はティータイムのマナーです」

リンド夫人の指示でティーセットと軽食が用意される。朝からなにも食べていなかったわたしは食事が用意されたことに安堵する。

が、それをリンド夫人に注意された。

「そのように物欲しそうな顔をしてはなりません、はしたない」

「でもおなかが空いていて」

「微笑みが抜け落ちてますよ」

「まだ微笑むんですか?」

「そうです、淑女は常に微笑みを絶やさないのです、さぁ口角を上げて!」

その後わたしは見事『微笑み』製造マシーンへと進化(?)を遂げ、『微笑み』を浮かべたまま食事をし、今度は別の講師に彼の国の簡単な歴史、および現在の状況を叩き込まれた。

午前中が終わる頃、殿下が部屋にやってきた。

「エナ、無事?」

リンド夫人の教育の賜物か、わたしは微笑み製造マシーン状態で彼を出迎えた。

「ごきげんよう、アルフレド殿下」

すかさずリンド夫人が歓声を上げる。

「エナ様、素晴らしい出来栄えですわ!それに比べてなんですか、アルフレド殿下は。嘆かわしい」

今度は殿下がリンド夫人の餌食になった。それを微笑みを絶やさずに見ているわたしはもはや本当に機械(マシーン)になったのだろうか。

一通り殿下を指導して気が済んだのかリンド夫人は、

「まもなく使節団が到着されます、遅れないように」

とわたしたちに釘を刺して部屋を出て行った。ドアが閉まる音がして、やっと大きなため息を着いた。

「とりあえず生き残れたことに感謝しよう」

殿下も本気のため息をついて手近なソファへと座った。

強敵(ラスボス)と戦った気分です」

わたしもソファへと身を沈めた、今朝が早かったせいもありこのまま眠れそうだ。

「ははっ。エナはうまいこと言うな、確かにリンド夫人は強敵(ラスボス)だ」

「笑い事ではありません。きちんと事情を説明して頂けませんか?」

殿下に詰め寄ると彼は悪かった、と言い、状況を教えてくれた。

イーリスという国から聖女を視察するという目的で来訪があるらしい。

「聖女召喚に成功したことはすでに通達済みだから、実際にどの程度か見に来たんだろう」

「でも急に今日の午後だなんて」

「あちらにも事情はあるのだろう。それに聖女はこの世界の希望だ、一国だけがどうこうしていい存在ではない」

逆を言えばこの国が独り占めしているように見えるということか。

「どなたが見えられるのでしょうか?」

「視察団のリストでは王太子が代表になっている。彼の妻も連れてきているから、女性同士で話をさせる気かな」

「話って言われても」

「そのための材料は叩き込まれただろ?」

なるほど、さっきのイーリス王国の歴史や状況を教えられたのはそういうことだったのか。

そこで大事なことを思い出す。

「聖女候補はひとりではありません」

「ミサキ嬢は距離的に間に合わない」

「ではわたしひとりで?」

「大丈夫、わたしは決してエナのそばを離れないから」

と言い、ウィンクをしてみせる殿下は王族らしく胡散臭くて、わたしは苦笑いをするしかなかった。


そして午後、イーリス王国の視察団がやってきた。

王太子殿下の妻であるイザベラ王太子妃は優しい雰囲気の方だったが、彼女は複数いた候補を振り切ってこの座に収まった女性だ、見た目通りではない狡猾さも持ち合わせてるのだろう。

とはいうものの、わたしはもちろんリアン王国にも別にやましいことはない。殿下からは包み隠さず話をしていいと言われているし、リンド夫人にも嘘だけはつくなと念押しされている。

だから午後のティータイムを彼女と二人きりにされても気負うことなく対応できた。

「エナ様以外にもう一人、聖女候補がおられると聞いておりますが」

「高橋美咲さんです、彼女はいつもは王都におりません」

「どちらにいらっしゃいますの?」

「魔物討伐の駐屯地で生活しているそうです、わたしは学園(アカデミー)に通っていますが、高橋さんは討伐中心で学ぶことにしたそうで、学びを兼ねて討伐していると言ってました」

「そう。おふたりは仲がよろしいのね」

「まぁ、同郷ですから」

そのあとは女子トークに切り替わった。聖女について聞きたいことは聞いたということなのだろうか。

流行りのドレスやヘアスタイルの話をしてとても楽しかった、まだ話足りないと思うほどには。

「イザベラ様の夜会用のドレスを見てみたいです、お会いできることを楽しみにしています」

「ふふっ、かわいい方ね。エナ様の為にとびきりおしゃれをして参加しますわ」

イザベラ様は親しげに手を握ってわたしの頭を少しなで、それから美しい微笑みを残して与えられた客間へと戻っていった。


「お疲れ様でございました」

部屋に戻るとマリアさんが出迎えてくれた。

「イザベラ様とはいかがでしたか?」

「楽しかったです。王太子妃である以上、厳しい面も持っているんでしょうけど、少なくともわたしには気さくに接してくださいました」

わたしの笑顔にマリアさんも喜んでくれた。

この世界は聖女を熱望している。思惑はそれぞれにあるだろうけど、少なくともイーリスは進んで争いを起こそうという気はないようだった。


「隣人の来訪を祝って、乾杯」

陛下の挨拶にグラスを掲げる。イーリス王国視察団を歓迎するパーティの始まりだ。

ひとりだけの聖女候補はパーティの中心だった。それはわたしもわかっている、客寄せパンダを演じる覚悟はしてきた。

予想通りいろいろな人に話しかけられる。でもわたしの隣に張り付いているのは殿下、彼は本物の王族。頼もしいことに彼の頭の中には他国の高官の顔と名前はすべてインプットされている。

「お次はイーリス国防省の次長だ」

小声で相手の情報を流してくれる。わたしは午前中に叩き込まれた情報からそれに合わせた話題を探し会話をする、もちろんリンド夫人の教えを守って微笑は絶やさずに。

やがて音楽が始まりダンスの時間になった。主役であるわたしはもちろん皮切りを務める、パートナーは言わずもがなの殿下。わたしたちがダンスをするのはこれが二度目、でも息はぴったり合っていると思う。その証拠にダンスを終えると盛大な拍手が起こった。

それに応えるように優雅にお辞儀(カーテシー)をし、意識してゆっくりと中央を譲った。

『焦って動作をしてはいけません、誰もがあなたを待つのが当然だとお思いなさい、王族とはそういうものです』

リンド夫人の言葉を思い出す、わたしは王族ではないけど、同等の貫禄が聖女に必要だというのはわからないではない。

『多くの人が聖女を心待ちにしています』

イザベラ様はそう言っていた。でも聖女はひとり、どうしても優先順位をつけなければならない。

他者を寄せ付けない威厳を見せることで、秩序ある救済が可能となる。わたしと高橋さんのどちらが聖女かはわからない、でも今ここにいる候補はわたしひとり。ならばわたしがこの場でそれを示さなければならない。

それでも不安にかられてエスコートをしている殿下にちらりを視線を向けてしまうと、彼もわたしを見ていた。

「大丈夫、エナはちゃんとできてる」

「ありがとうございます」

殿下の微笑みと言葉に励まされて、わたしはなんとかパーティを乗り切った。


「お疲れ様」

くたびれ果てて控室のソファに座っていると殿下が入ってきた。慌てて立ち上がろうとするわたしを彼は制し、飲み物を手渡してくれる。

「完璧だったよ、惚れ直した」

こういうことをさらっと言えてしまう殿下は本当に王子様だと思う。

「本気だよ、それにみんなが君を王子妃に相応しいと言っていたのは気が付かなかった?」

「他人の会話を耳に入れる余裕なんてありませんでした」

そう言って苦笑いしたわたしに殿下は小さく言った。

「ごめん、もう手放せそうにない」

「え?」

殿下は急にソファからするりと滑り降りてわたしの手をとりその場にひざまずく。

「エナ、君を愛してる。どうかわたしと結婚してほしい」

「わたしは聖女と決まったわけでは」

「そんなことは関係ない、エナが聖女でもそうでなくても、わたしは君と結婚したいんだ」

殿下の真剣なまなざしにどう返事をしていいかわからなかった。

彼は王族だ、一存で相手を決めていい人ではない。リンド夫人やイーリスの王族と接して、アルフレド殿下という人がどれほどの存在なのか、今のわたしにはよくわかっていた。

無知だったわたしなら喜んでイエスと言えたのに。

わたしは殿下にどう答えていいかわからなかった。

以降は12時、19時の更新に戻ります。よろしくお願いします。

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