第3話 泣かない、諦めたりしない。
「さいふぁはすき」
ガゼル様の綺麗な碧の瞳に痛みが揺れた。
傍から見ても落胆されて、がっくり、肩を落とされた。
「そ、か。へんなこと聞いてごめんね」
「? なかないで? でぜる、がぜるもすき」
「……うん。」
ガゼル様は目の端に浮いた涙を指で拭って微笑まれたけど、泣き顔よりも切なかった。
僕、やっぱりガゼル様って答えてあげて欲しかったんだ。
すごく、申し訳なくて。
「ごめん、――脱線してしまって」
デゼルを抱いたまま、しょんぼりと言ったガゼル様の頭を、小さなデゼルが全身を使って手を伸ばして、んしょ、んしょ、となでた。よしよしって、慰めてあげたいんだろうけど、ちょっと、手がたわない。
「がぜる、かなしい?」
うつむいたまま、答えられないガゼル様を慰めるように、デゼルがガゼル様の横顔に、そっと、キスした。
ガゼル様が少しだけ微笑まれて、もう一度、デゼルを抱き締めた。
「サイファ、思ったんだけど。デゼルの魔法なら、そのうち時間切れで戻るんじゃないかな」
「たぶん――」
「外で戻ってしまうと大変だから、しばらく、ここにいたら? あんまり、何日も戻らないようだったら、その時にまた考えたらいいし」
神殿の方だと、どうかしたら形ばかりのノックでマリベル様や侍女達が出入りするから、確かに、ガゼル様のお部屋の方が確実かもしれない。
「ガゼル様、ご公務は」
「一日くらいサボらせてよ。サイファを覚えてないデゼルなんて、すごく貴重じゃないか。もう一生、お目にかかれないかもしれない。サイファ、こんなに可愛いデゼルの独り占めはさせないよ? よく、連れてきてくれた。うーん、時間切れになる前に、ガゼル様の方が好きって言われたいんだけど……」
わ、傾国の美姫ってすごい。
あのガゼル様がこんなになるんだ。
大公になられる前でよかった。
でも、思ったより、あっさり立ち直られたみたいで、それもよかった。
「ねぇ、サイファ。単刀直入に聞くけど、協力してくれる気はある?」
「え。」
ガゼル様は真剣そのもの。
「ええと、たとえば、どんなふうに?」
「たとえば、そもそも、サイファよりガゼル様の方が好きって、言わせようとしてもいい?」
思わず、吹き出しちゃった。
ガゼル様って、案外、可愛いんだ。
「ええ、どうぞ?」
「よかった」
きょとんとしたデゼルと見詰めあったガゼル様が、また、僕を見た。
「ねぇ、デゼルってどんな時にサイファに好きっていうの」
「どんな時だろう……いつも、なんか、思いがけない時です」
いつ、言ってもらったのか思い出そうとしたら、違うことを思い出してしまって。
僕がつい、頬を赤らめたのをガゼル様は見逃さなかったみたいだった。
「夜、とか?」
「いえ、それは。言うっていうより、言わせているので」
「――へぇ、サイファって」
あ。
ガゼル様、ちょっとジト目。
なんだか、楽しいな。
ガゼル様こそ、いつもは全然スキがないのに。
こんな、人間らしい表情もするんだ。
そうかと思えば、呼び鈴を鳴らして侍女を呼びつけた。
「ぶかぶかの巫女服も可愛いけど、デゼルに可愛いのとか綺麗なのとか、絹のドレス持ってきて。持ってきたら、着替えは三分でお願い」
すごい。
ガゼル様が滅茶苦茶、勝手なこと言ってる。
こんなスキだらけのガゼル様って、三歳のデゼルに勝るとも劣らない珍しさかも。
だけど、そうか――
僕は、胸が痛くなった。
ふだんのガゼル様って、理想的な公子様を演じてるんだ。
自然体じゃないんだね。
すごく、疲れるんじゃないのかな。
そういうことを周りに期待されるのって、つらくないのかな。
ガゼル様は、どうしてそれがここにあるのか、可愛らしい、ふわふわの鳥のぬいぐるみを持ってきて、デゼルをあやしてる。
わぁ、かわいいって、デゼルがにっこにこだから、僕も笑っちゃった。
デゼルの方が可愛いんだもん。
すぐに侍女がドレスを持ってきて、フリルがたくさんの、こちゃっとした空色のドレスにデゼルを着替えさせたら、ガゼル様がそのデゼルを笑顔で抱き上げて、高い高いして笑わせた。
デゼルもすごく楽しいみたいで、世にも可愛らしい笑顔で、きゃっきゃと子供らしい笑い声を立てた。







