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採寸はこまめにしなくてはならない

「賊徒が迫ると聞いた途端、王宮を捨てるとはどういうことですか!」

 王宮の門を出て市街地へと馬を走らせようとしていた女王に、大臣が叫んだ。

 若き崇高なるジュカ国女王、カタロ・キヤクが黒色の駿馬に跨った姿は、彼女の親衛隊である男性エルフの群れと共に、絵画のようであった。

 しかし、大臣や他の群臣を見る女王の顔は、何の色も持たない。ただ美しさだけがあった。

 彼女は馬に乗ったままで、答えた。

「賊徒がこの王都を望むというのなら、誘い込む餌にするまでよ。どのみち、旧い都だ。これを一網打尽にすれば、もはや私に逆らえる者は残らぬであろう」

「それは王の戦いではございませぬ! 王ならば王宮と都を守り、四方の親しき国々に助けを乞い、恩を返すことを約束し、民と難事を共にすべきです。攻めるのではなく守るときに奇策で勝とうというのは、勝ったとしても負けているのと変わりませぬ!」

 この諫止は命がけのものというよりは、我慢の限界とするべきだった。

 四方の親しき国々も、民も、全てこの女王は捨ててきたのである。捨てた端から新しいものを手に入れて、何かを成し遂げたことに満足している。

 反乱程度に盟軍の助けなど、と大臣も言いたい所だが、騎士団も装備は旧く、ばらばらの地域から雇った奴隷ばかりでは練度も高まらない。警備や巡回ぐらいならできても、軍旅を催したりできるような状態にはない。賊徒にはかつての貴族の私兵が中心なはずで、賊徒というよりは向こうこそが組織だった戦闘には向いている。

 反乱というより、当然の反発である。幸いなのは際立った指揮官がいないらしいことだけだ。

 それでも大臣はこの女王に情をかけ続けてきた。

 まだ寄宿学校で誰かと笑っていられるはずの歳で王宮に戻され、混乱する情勢の中で王権を保持し、過酷な権力闘争を生き残った。いや、生き残らされた。

 誰によってか。群臣によってである。

 間違いなくこの大臣の手もまた、どす黒い泥がぽたぽたと溢れている。

 歴史だけは長いが変化に乏しかったジュカの国は官僚機構どころか、家ごとの分業制すら満足に整っておらず、一部の血縁者たちによって運営され続けてきた。

 フージ教の教えと権威に寄り添う形で王権は存在しており、周辺豪族の寄り合い所帯という方が正確なぐらいだった。

 それが千年に一度あるかどうかの連続的な王権交代が起こったことで、事態は急変した。

 この中で群臣は生き残るために必死に制度を整えたが、それはとりもなおさず王権の強化に繋がり、女王カタロの華麗さは王権というドレスを着こなした。それも、期待以上に。

 フージの教えを守っていないと女王が判断すれば、その者の逮捕と財産の没収を可能としたが、これにより教会を取り込もうとする動きが進み、富裕層のオークや周辺の部族は土地を逐われた。

 重臣の娘が嫁いだ家が一日にして滅び、奴隷から成り上がったエルフが過分な家を継ぐ。

 教会には聖人や賢者を求めるよりも、権力を認めてくれる存在を求めた。

 これらは季節が一巡りする間に矢継ぎ早に起こり、女王の成長と共に加速したようにさえ感じられた。

 それでも、それでも。

 王宮での苦楽を共にするという仲間意識が、構造の変化の中でも紐帯として機能していたのである。

 それを、捨てる。

 これによって、政治家として一族の長として、均衡をなんとか保ってきた大臣の精神は、とうとう崖から足を踏み外したのだった。

 そんな大臣に、女王カタロは表情を変えない。

「そこまでいうのなら、民から没収した武器の倉庫を開放し、配らせよ。民と守ってみせよ。私はシズの丘に軍営を設ける。後から来ても責めはせん。お前やお前と心を同じくする者達に死なれても嬉しくはないのだからな」

「女王!!」

 もはやそのような口上を言われて、おさまるような状態ではないのに。

 カタロを馬上から引きずりおろそうとばかりに歩み寄った大臣を、近衛のエルフが馬上から足で突き飛ばした。

 群臣が駆け寄って彼を受け止めた。

 カタロはその姿を見て、にわかに眉を寄せた。それがどんな感情によるものなのか。

 ここには彼女に親しいものが沢山いるはずなのに、誰にもわからなかった。

 そして、馬は走り出した。

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