山は人を選ぶ
山は下りるときの方が大変……なんてのはよく言われる文句だが、それだけ山道が危険であることを端的に示している。
山道はどれだけ整備されていたとしても、山の天気次第で簡単に崩れるし、勾配はそれだけでトラップとなる。
登るときよりも下るときの方が、それらの要素が剥き出しになりやすいのだった。
疲れと油断がそうさせるとも言える。
マサルたちの場合、デューロが同行してくれたのは幸運だった。
彼は危なっかしい石があれば手に持った木の棒で指し示し、勾配がきつくなっている場所では声で教えてくれた。
おかげでマサルたちは安心してペースを上げておくことができた。
往路でもありがたさは強かったが、復路では目的意識が強くなっている分、デューロの存在はそのまま頼もしさに繋がっている。
天気にも恵まれ、昼までには予定の半分以上を踏破していた。
「変だな」
そうつぶやいたのは、誰あろうデューロだった。
彼は休憩地点から平野部の方を見据えており、マサルとソトクは草履の弱った部分を手持ちの紐で補強していたところだった。
「確かにここまで、順調過ぎるぐらいだけどよ」
ソトクがそう言うと、デューロが振り返って、首を振った。
「それは二人が思ったより動きが良かったからだけど……そうじゃなくてさ、気付かない?」
「いや、特に……」
ソトクがマサルに目を合わせると、マサルもまた首を振った。
マサルはあの二人組の襲撃者に関することかと不安になったが、素直にデューロの言葉を待った。
もったいつけるつもりは無かったのだろう。彼は照れ臭そうに頭を掻いてから、二人に自分の気付いたことを教えた。
「誰ともすれ違わないんだよ」
それを聞いた途端に、マサルとソトクから「ああ」と感嘆の声が漏れた。
自分たちは平野部にどんどん近付いているわけで、流石に一人か二人とすれ違わないとおかしいのだ。
「これだけ天気が良いなら、山間の集落に行きたい人達はどんどん登ってくるはずなのに……」
「山賊じゃなくて兵隊が検問でもしてんのかな」
それならそれで、こちらにやましいことはないのだから、山賊と出会うよりはよっぽどマシなのだが……面倒事が起きないとは限らない。
山賊の仲間だと思われる可能性だってある。
「もっと麓が近くなったら、リコ姉ちゃんに今の話を踏まえて偵察してもらった方が良いかも。もし登山口とかで検問をしてても、裏道で抜けられる場所はいくつか知ってるから、なんとかなるはずだよ」
まったく、本当に頼もしい。
普段からこうなら、バラニが頼りにしてるというのもわかる。
とはいえ、バラニは一人旅もできるし、特に誰かの助けが要るようには思えないのだが。
彼女にとってデューロはどんな存在なのか。今更のようにマサルは頭に引っかかったのだった。