子の子の子
「誰だお前!?」
「ソトクだよ」
温泉から帰ってきたソトクを見て、マサルは目を疑った。
山オークのバイザと同じぐらいあった体毛が抜けて、地元の集落や平場でよく見かけるような、地肌が薄っすらと見える、猪よりは豚を連想する姿になっていた。
「坊主が粉石鹸でガシガシ洗ってくれたら、ムダ毛がごっそり取れてさ。いや〜、体がすげえ軽いわ〜」
「まあ、バラニ様の髪の毛を洗うよりは気楽だったよ」
確かにそれとこれとでは気遣いの度合いが雲泥の差だろう。むしろそんな繊細なものを扱う手でソトクを洗うのは冒涜的にさえ感じられる。
「ちょい待ち。デューロはバラニさんと風呂に入ってんの?」
「は? 従者なんだから当たり前だろ?」
「あっはい」
この世界の当たり前に対してまだまだ理解が足りていないことを思い知らされる。
もしかして男性のエルフはこの歳ぐらいになっても性欲が薄いのだろうか?
そんなことも気になりつつ、マサルは咳払いをした。
マサルたちが泊まらせてもらってる部屋には今、女将さんを除いた全員が揃っている。
食事が済んだら明日に備えてさっさと寝ることになっているので、これが明日以降の予定の最終確認となる。
中でもデューロに確認しなければならないことが一つあった。
「俺達はバラニさんの所に行くけど、デューロはどうする?」
一緒に風呂に入るのも厭わないデューロだが、父親が不在な中でも母親を残していけるかどうか。
彼は自分の洗いざらしの髪の毛を撫で付けてから、答えた。
「俺も行く。マサルさんたちのことをバラニ様から任せられたのは俺なんだしさ」
それでいいのか、とは訊ねなかった。
母親である女将さんは別に集落の中で孤立しているわけではないし、特別な心配をしても何かが変わるわけではない。
それでも女将さん自身には息子に行くなと言える立場だったが、食堂での晩餐の際にデューロが決意を打ち明けると、しれっと言った。
「バラニ様にはあんたしか頼れるのがいないんだから、しっかりね」
「うん」
そのやり取りを聞いていて、マサルはふと思った。
「もしかして女将さんって、バラニさんと親しいんですか?」
「あれ、うちの人から聞いてないの? 私とうちの人は孤児で、あの本山にずっといたんだよ。そこにバラニさんも途中から加わって……まあ、幼馴染みたいなもんだよ。身分は全然違うけどね〜」
孤児だったのは聞いていたが、バラニについては初耳である。いや、前に言いかけていたか?
それにしても「身分」という言い方は、修道女と一般人のことを指して出てくる表現ではないだろう。
マサルが気にしたのを見て、女将さんが幼馴染の正体を明かした。
「あの人は前の……あっ、今の女王様になったから、前の前の王様か、とにかくその人の、末娘なんだよ」
「じゃあ、王族なんだ!」
整理すると、今の女王は先代の王の娘であり、その先代の王より更に前代の王の娘が、バラニなのだという。
王権の交代後に政争に巻き込まれる心配が無いように、父親が亡くなってから修道院に入れられたそうだ。
それについて、リコの方から反応があった。
「あいつ、やっぱり良い所の出なんだな。耳の出来が違ったもんなあ〜」
「耳でわかるの!?」
「シュッとしてんじゃん?」
「全然わからん」
リコの耳と女将さんの耳を試しに見比べてみたが、角度や太さが違うぐらいだろうか。
違った方向の謎が芋づる式に出てきたところで、ソトクが歯止めをかけた。
「そんな話をしてる場合かよ。飯が冷めちまうだろ」
食事の席においては、それが一番大事なことだった。