エルフ妻はオークを育てたい
集落の様子は、実に平和なものだった。
閑散とはしていても人通りはあるし、子供の遊ぶ姿も見える。
旅館の部屋から外を覗っていたマサルは、このときになってようやく、今日一番の安堵の溜息を吐いた。
なおソトクは女将さんに「くっさ! あんた、風呂にどれぐらい入ってないんだい!」と叱られ、デューロに案内されて、半ば強制的に温泉へ向かっていった。
山の中で長いこと一緒だったから全然気にしなかったが、言われてみればちょっと臭ったかもしれない。
マサルやリコも出来ればひとっ風呂浴びたかったのだが、鉱泉が傷口にさわるといけないということで、今日一日は体を水布巾で拭って済ませることにした。
裏庭で体を拭わせてもらった後、マサルは集落の様子が気になって何度も外を眺めていたわけだが、リコはなかなか戻ってこなかった。
彼女なりに女将さんに何かしら探りを入れてるのか、はたまた礼を述べているのか。マサルはそう思っていたのだが、実際にはどちらでもなかった。
リコが部屋にやってくると、彼女は珍しくゆったりした裾の長いスカートに足を通していて、イベを思い出させる装いだった。
「破けた服を繕う間、これ着てろってさ。別に下着でもいいのに……」
「まあ、俺だけならともかくソトクもデューロもいるしさ」
「いいや、あのおばさんはこれをあたしに着せたいだけだ。あの目はそういう目だった」
リコはそういう目を向けられ易いのだろう。
そういうのを嫌がるわりには乱暴はしないタイプなので、かわいがられやすいのはわかる。得な性格とも言えるが、本人はそう呼ばれても喜ばないだろう。
とりあえずマサルは、今まで眺めていた集落の風景についてリコに説明した。
彼女は最初はスカートの塩梅を気にしていたが、木の皮を編んだ椅子に座ると、肘掛けに体重を預けて、考え込んでいた。
「まあ、騒然としてるよりはずっと良かったけどよ。つまりはここの住民全員がグルか、さもなきゃ男どもが秘密主義かのどっちかだぞ」
後者の可能性は、高くはない。こんな山奥の集落で、子供にはともかく奥さんたちにまで何もかも隠すなんて不可能だろう。
「いっそこのまま、ここで何もかも忘れて、湯治でもしてればいいのかな」
「それもそれで勇気のある決断ではあるよな」
「棘のある言い方だなあ」
「……人様のことに首を突っ込むのは良くない。それは確かだよ? でもな、何が起こってたかも知らないままでいるのは、そりゃ気遣いっていうより、卑屈だろうよ」
けじめの付け方としては、中の下ぐらいだろうか。
そういうけじめを受け入れるべきときもあるが、今の所はまだそのときではない。
「わかったよ。予定通り、フージの本山まで行こう。それからのことはバラニさんと話してからってことで」
「ああ。それでこそあたしの旦那様だ」
「便利な言葉だなあ、それ」
「嫌かい?」
挑発的に言われても、リコになら構わない。
まあ、つまりはそういうことである。