ミイラのお姉さんたちに狙われるとか性癖歪むと思う
バイザの狩場が近付いてくると、遠くに彼の集落も見えてきた。
火の手が上がってる様子だとか、何か異様な動きは、ここまで来ても見て取れなかった。鳥や獣の鳴き声は聞こえてくるし、温泉の硫黄の臭いも微かに漂ってくる。
山賊のねぐらを早朝に出発して、今は大体、昼過ぎである。
往路の倍ぐらいかかっている。慎重を期したとはいえ、気付かない内に疲れも溜まっていると考えるべきだろう。
図体のでかい自分でさえこうなのだから。
マサルはそう思って、一つ目の山を越えてからは未だに姿を見ていないリコを心配した。父親の墓石で動揺もしていたし、無理に体を動かして発散している可能性だってある。
次に会ったら、彼女のことをよく確認しておくべきだった。
が、彼女と再会したときにはそれどころではなくなっていた。
何せ、彼女は二人組の相手と斬り結んでいたのだから。
状況はリコに不利だった。数でも負けている上に、相手は生半可な鍛え方ではなかったからだ。
碧色に染められた布で顔と体をぐるぐるに巻いており、まるで納棺のための処理が済んだ遺体のようだった。
体の大きさや胸の膨らみからヒトもしくはエルフの女性なのはわかるが、耳も覆われているのでわからない。
動きは俊敏で、現場であるバイザの狩場に到着したマサルとソトクは最初、動きが目で追えなかったほどだ。武器に至っては出してはしまうを繰り返しているらしく、正体が掴めない。恐らくはナイフのような小型の刃物なのだろう。
愛用の肉切り包丁で応戦をするリコは、刻一刻と傷を増やしており、反対に彼女の攻撃は空振りに終わってばかりいる。
もし相手が一人で、渾身の一撃を叩き込むために多少の傷をたえて集中できるなら良かったが、そうしようにも二人が相手では不可能である。
いつどこから致命打が飛んでくるかわからない状況で、片方だけに集中するなんてことはできない。
彼女にとっての希望はマサルたちの到着であり、それは叶えられた。
「どっちでもいい! 引き受けろ!!」
リコの悲鳴にも近い叫びに、マサルは奮起した。
攻撃を当てるとか考えず、とにかくリコと敵の間の邪魔ができれば良いと割り切って、遮二無二、突っ込んだ。
ガナの街で買ってから、すっかり旅のお供として手に馴染んできた斧は、あくまで防具として握りしめていた。
武器として使い慣れてないものを振り回せば、かえって怪我をしかねない。それよりは咄嗟に相手の攻撃を防ぐために使う方が、オーク自慢の耐久力に回避力まで加わって、厄介さは何倍にもなる。
リコと組むことを前提にすることで、マサルには一貫した戦術が頭の中に馴染んでいた。
つまり、徹底的に自分は時間稼ぎをするのである。
体格の良さはそれだけで大きな武器だが、使い方を間違えればスタミナを消耗する。
『いるだけで邪魔』という状態を維持すれば、手詰まりとなった相手を見て、必ずリコが勝機を掴んでくれる。
この戦術はガナの街でリコとは別々に戦ったことで、最終的にはイベにまで負担を強いてしまったことへの反省も生かされている。
しかし、こうした戦い方は独創的なものというわけではない。
マサルの立ち回り方を見た二人組は、マサルの肩や背中に傷を加えたにも関わらず、距離を離した。
「姉上、これまでかと」
「うむ」
そんなようなやり取りを追えた直後、二人が投げ付けてきた筒が爆発した。
それは言ってみればからし爆弾であり、エルフやオークにとっては十分過ぎる足止め効果があった。
「げっほ、げほ!」
「くっそ! あいつら、げほ!!」
幸いにも山風が吹いてくれて、からし爆弾の煙が霧散した。
だがそのときにはもう、あの二人組の姿はどこにも見えなくなっていた。
「えほ、えほ……逃げられちゃったね……あれ? ソトクは?」
「それこそ逃げやがったんじゃねえか?」
マサルとリコがそんなことを言っていたら、ソトクが小屋の中から出てきた。
「俺はそこまで薄情じゃねえよ! 武器になりそうなもん探してたら、終わっちまったんだ」
まあ、下手に割って入られるとそれこそ大変なので、賢明といえば賢明である。
彼が前にやらかした弓矢はあのとき没収してしまったし、うっかり誤射でもされたらたまったものではない。
ところで、ソトクは武器以外のものを見付けてきた。
「なんでか、この坊主がいたんだけど?」
ソトクに促されて出てきたのは、デューロだった。
彼を見たリコが、珍しく眉間にシワを作った。
「今の今まで、あたしを襲うために待ち伏せしてたと思ってたけど……」
「えっ、まさか……」
まさか、デューロを狙って?
彼を怖がらせないためにマサルは言葉を濁したのだった。