立ってるものは何でも使え
集落へと向かう道。
山賊のねぐらへと向かうソトクを追ってきたときとは、道のりは随分遠く感じられた。
しかしそれは、マサルだから感じるのであって、ソトクにしてみたらどっちも気が重い道のりだろう。手土産である獲物を担いでない分、今の方が楽かもしれない。
方角を間違えないか注意しながら、木々の間の道を抜けていく。
途中からはソトクが率先して前を歩いてくれる。彼の方が山歩きにはすっかり慣れてきたらしい。
マサルは代わりに周囲に異常が無いかにより意識を割くようにして、こうして二人の間では役割分担ができたのだった。
マサルたちが最も懸念していたのは至る所で謎の集団が検問所を設けていないかだったが、今の所はそんな様子はこれっぽっちも見られなかった。
谷に現れた数以外にもいるとすれば、偶然にも出くわす確率はそれなりにあるはずだが、それも無い。
とすると、ここら辺にはもういない……つまりはどこかしら目的地があって、既に移動したか。
その目的地はいくつか候補が挙げられる。
まずは王都だ。これは彼らが反乱軍であると予断をした場合の話である。反乱軍なら当然、王都もしくはそれに準じる重要拠点を目指すだろう。
しかし、マサルはその王都に行ったことが無い。古くからの都なので意外とこじんまりとした所だとは聞いているが。
他の候補としては、そこかしこに点在している集落、あるいはフージ教の本山などだ。強奪や焼き討ちが行われる可能性は無いわけではない。
そんな心配をしていたマサルは、一つ目の山の見晴らしのいい場所に至ったとき、火の手が上がっているかどうかを確認した。
阿鼻叫喚の地獄絵図……なんてことは幸いにも見当たらなかった。強奪や乱暴が行われていない証拠にはならないが、一安心といったところである。
さて、その場所では先行して安全を確認してくれていたリコが休憩しており、出発時にマサルとソトクが川で汲んできた水を受け取って、美味そうに飲んだ。
水筒はこの世界だと様々な種類があり、一つとして同じものは無いと言って良い。動物の内蔵を利用したものもあれば、植物の空洞を利用したものもある。
マサルが持っていたのは大型の牛に似た動物の内蔵を加工したもので、これはイベから貸してもらったものだった。
「そういやこれ、親父が家を出るときに、そのまま置いてったんだよな」
「そうだったの!?」
思いもよらぬ事実をぽろりと聞かされて、マサルは驚いた。
が、言われてみればイベやリコのようなエルフが使うには、大き過ぎる。何せ、彼女たちの顔ぐらいもあるのだから。
「イベさん、もしかして何か意図があって……」
「それはねえと思うよ。姉貴、親父のことに関してはすげえサバサバしてっから」
まあ、それはわからなくはない。
それにあの人の場合、大事なことは直に言うだろう。
「イベは家で寝てるんだっけ? もしだけど、この先の見通しが立って、お前らがまだしばらく居残るってんなら、俺が先に森に帰って、色々と伝えておいてやるよ」
ソトクの申し出に驚いたのは、リコだった。
「お前、森が嫌になって出て行ったんじゃねえのかよ」
「あ〜……まあ、何か言われるかなあって思うと、あんまり帰りたくねえけど……親父とお袋の顔ぐらい見たくなったし、別にそのまま集落にいなきゃいけないってわけでもねえし……」
「……そういうことなら、そのときは頼む」
そう言われたソトクは、急に黙って、空を仰いだ。
「なんだ、どうした? やっぱやめとくか?」
「いや……ちゃんと頼みごとできるだなんて、リコも大人になったな、って……」
それで胸が一杯になったらしい。
幼馴染同士のやり取りなので、マサルは口を挟みようが無い。
ただ、今後の選択肢が増えたのは素直に喜べた。
「よし、じゃあリコ、また先行を頼むよ」
「あいよ。次はバイザの旦那のあの狩場で落ち合おうぜ」
ソトクがやらかした、あの場所である。
恐らくそこが、集落へ戻る前に最後に休める場所だろう。
集落に近付けば近付くほど、緊張感はいやでも増すことになる。
それが空回りで終わってくれるのが、一番良いことなのだが。