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街道沿いのキャンプファイヤー

 マサルとリコが森を出た頃、陽はかなり傾き始めていた。

 この世界が地球と同じような宇宙に浮かぶ星か、どでかい動物の背中に乗ってるかはわからない。しかし昼夜の移り変わりの速度は、マサルの体感では異常さを感じられなかった。

 知的生命体が発生する環境はある程度似てくる。何かの本で読んだトリビアだったが、とりあえずの理解として、マサルにはそれで十分だった。

 脳みそそのものが変わっても知識は受け継がれるのは興味深いが、そうでなくともこちらに来てから頭に叩き込まれた知識がある。

 オークとエルフの集落の戦力と、大体の敵戦力のことだ。


 老齢オークが十人。エルフが十五人。これは戦闘に参加する者だけを数えているが、集落のほぼ三分の二に当たる。

 対する商人軍だが……最低でも百人はいるらしい。しかも更に増える可能性がある。

 キンカの作戦と、それを裏付ける根拠は出発前に見せてもらったのだが、それでも恐怖は残る。

 本物の軍隊ではないとはいえ、百人がいる集団にたった二人で突っ込むのである。

 そのうちの一人であるリコは敵のキャンプ地まで数百メートルに近付いたとき、マサルに叫んだ。 

「足を止めんな! 死ぬ気で私についてこい!」

「わかったよ!」

 オークの持久力なんて知ったことではないが、抜刀したリコが先導するのにとにかくついていく。

 やがてキャンプ地にたむろしている集団がぞわぞわと動き始めた。こちら……というかマサルの巨体に気付いたのだろう。

 森を出た瞬間に相手の偵察に引っかかる可能性もあったから、ここまで気付かれなかっただけ運が良い。

 角笛の音が響き渡ると、いくつも立ち並ぶテントから更に人が出てきて、チームごとに塊を大きくした。

「来るぞ! 頭を庇え!」

 まだそれなりに距離があったが、敵の方から何かが一斉に飛んできた。

 石だ。

 リコに言われてというより、半ば反射的に顔や頭を腕で守った。

 ゴン! ガン! と、景気のいい音が手甲からした。

 露出した部分に当たった石は……めちゃくちゃ痛かった。

「いてえ! くそいてえ! いてえって!」

「うるせえ! 黙って走れ!」

 リコはマサルの影に隠れるどころか、肉切り包丁を両手で頭の前に掲げて走っている。こういうときは盾も兼ねるらしいが、単に盾を持つのが面倒くさいだけのように思える。

 十メートル。

 ここまで近寄ると、相手の殺気立った視線がじかに刺さるのがマサルにも感じられた。

 一番手前の集団の六人は既に投石をやめていた。布と縄を張り合わせた投石具の代わりに手に持っていたのは、棒の先に穂先や斧を付けたものだ。

 鉄砲や大砲が無いのがわかってほっとした、なんてことはない。これからあれに体中を傷付けられるのである。

 マサルは敵の武器ではなく、リコだけを見ることにした。


 そのリコは肉切り包丁を、ぶおんと音が聞こえるほどの速度で振り回した。

 たったそれだけで、六人いた集団の半数が吹き飛び、残りの半数は……体のどこかしらが千切れた。

 わかってはいたが、大変にグロい。

 走り続けているマサルの足の裏であれやこれが潰れて、背筋がぞわぞわとした。

 子供の頃に素足で虫を踏んでしまったときも気持ち悪かったが、その比ではない。


 次に現れた奴らは左右から挟み込もうと進んできた。

 リコはちらりと後ろのマサルを見てから、包丁をまた振り回した。

 今度は敵に当てるためではない。その振り回した勢いを利用して、高く、高く跳躍した。

 ついさっきまで彼女がいた場所で、敵の武器の切っ先が空を切る。

 そこにマサルが走り込んできたものだから、武器は折れ、うっかり勢いに巻き込まれた者はマサルに潰された。

 色んな意味で、マサルは後ろを振り返らないようにした。

『俺、めっちゃ人殺してるぅーーーーー! 父さん、ごめんよ! 母さん、ごめん!』

 生き残るためだ、別の世界だなどと割り切れるほど頑丈な神経はしていない。

 それでも足を動かし続ける。

 止まったら、それまでだ。


 空中に飛んだリコはといえば、マサルの所に降ってきて、彼の肩を蹴ると前方へ着地、勢いを殺さないまま走り続けた。

 それでも流石に速度が落ちたから、ここでマサルと並走する状態となった。

「はっはっは! いいぞいいぞ、どんどん走れ!」

「楽しんでんじゃねえよ!?」

 敵は各チームがお互いに協力して態勢を整え始めたせいで、一つ当たりの集団の塊が大きくなっている。

 それにこちらが敵のキャンプ地に突っ込めば突っ込むほど、敵にしてみれば囲み易くなる。

 敵陣を突破するのがマサルたちの目的。

 それぐらいは多少混乱した敵でもわかる。

 だが、彼らはやはり油断していたと断言できた。

 満足に偵察や見張りも出さず、若くて元気なオークが突っ込んでくることを予期しての陣形や装備を整えていたわけでもないのだから。

 そんな彼らに、痛いしっぺ返しがいよいよやってきた。



 森から商人軍のキャンプ地までは、およそ四百メートルほどあった。

 その距離を、一瞬にして通過した物体があった。

 マサルたちを囲むために森の方に背中を向け始めていた少なくない集団に、それは達した。

 バン! というスイカか何かが破裂するような音と共に、何人かの頭が吹き飛んだ。

 それを見て足を止めた者が更に犠牲になった。

 たった数秒で、十人が死んだ。

 混乱が広がった所で、更に五人の頭が砕けた。別の五人は足が千切れて、二度と立ち上がれなくなった。


 その様子を森の出口で見ていたのは、エルフの観測手たちだ。

 彼女たちは相棒である老齢オークの代わりに敵の正確な位置をオークに教え、狙撃したのだった。

 これを成功させるために、日が沈む前に作戦は決行されなければならなかった。

 もちろんエルフの目だけで十分な成果は出せない。エルフに教わった位置に正確に撃てるだけの技術と経験、そして何より腕力が必要だ。

 オークの弩は人間が扱うものの倍の大きさがあり、威力は膨れ上がって三倍、いや四倍五倍にも達する。飛距離も伸びるのは言うまでもない。

 矢も特別製で、先端に鉱石を使い、矢本体の太さも指三本を束ねたぐらいある。矢羽もやわではない。上空一万メートルを飛行するという巨鳥のものを使っている。材料だけではなく、この矢をまっすぐに飛ぶように加工するのにも相当な手間がかかる。

 価値も威力も、もはや戦車の砲弾に等しい。

 発射の反動も凄いがそもそも矢を装填して弦を引っ張るだけでも、全身の力を振り絞る必要がある。

「ちくしょうめ! もっと若い頃は二人か三人は貫通させられたのに、よっ!」

 減らず口を叩きながらも、老齢オークは弩の先にある輪っかに片脚を引っ掛け、体全体で思いっきり弩の弦を引いた。そこにエルフが矢を置いて、装填完了である。

 この間、数秒とかからない。人間の力でしようと思ったら、弦を引くだけで数人は必要だろう。

 弩の数がもっとあれば事前に装填しておけるのだが、壊れた場合の予備も含めて、人数分ぎりぎりである。弩は日頃何かあったときのためにコツコツとエルフが手入れをしており、新しいものを作るペースは年に一度が限界だ。


 司令塔であるキンカは戦況を確認すると、次なる号令を出した。

「敵が崩れた! 爺さんたちがもう一度斉射したら、私らは森を出て火矢を準備! テントを燃やすよ!」



 キャンプファイヤー。全然笑えないダジャレだな。

 マサルは他人事のように思いながら、合流したエルフたちの火矢によって燃える、テントを眺めていた。

 オークの弩では速度が出過ぎて火矢の火が消えてしまうため、狩りに使われるエルフ用の小さな弓で火矢はいかけられたのだった。

 大勢が決してからの敵の逃げ足は速かった。最初から戦闘要員でない者も混乱に巻き込まれたのだろう。

 負傷したり仲間に跳ね飛ばされたりして逃げるに逃げられなかった者たちは、血の池でもがきながら、倒れてきたテントの下敷きになって死んだり、飛んだ火の粉で燃え死んでいった。

 自分を歓迎してくれたエルフたちが、今や倒れた敵の息の根を止めている。自分の集落を襲おうとした憎い敵である。それと同時に、痛みから救う慈悲でもあった。

 マサルは一人だけまだ息がある人を見付けた。その人はマサルを怖がるあまりに心臓が止まり、死んでしまった。

 およそ五十人もの人が、ここで死んでいた。

 かたやオークとエルフの被害はゼロ。

 大勝である。

 さっきまであんなに動いた足から、力が抜けた。尻もちをついて座り込んだマサルに、リコが駆け寄った。

「怪我でもしたか!?」

 確かに体中のあちこちに、興奮してわからなくても、無数の傷が出来ていた。

 しかし、マサルが力を失ったのはそのためではない。

 返事をしないマサルに、リコは思い切った行動に出た。

 口付けを交わしたのだ。マサルがそれを理解したとき、彼に思考の力が戻った。

「うわああああ!?!!」

「っせえ!!!!! 間近で叫ぶんじゃねえ!」

「……ごめん」

「あ、いや、言い過ぎた……えへへ」

 リコの照れ笑いは、ここが戦場でなければさぞかわいかったのかもしれない。

 彼女も彼女で無傷ではなく、服は破れ、片方の乳房は危うく外に零れそうになっていた。

 血も出ている。エルフもオークも、そして人間も、血の色は同じ赤だった。

 リコは言った。

「今のは、ありがとうの接吻さ。えっと……うちの集落のオークとエルフは戦いに勝つとそうするんだ」

「ああ、風習なんだ」

「そそそ、そうそう、それ、風習ってやつ」

 マサルは大きくため息を吐いてから、今度は自分からリコを抱き締めた。

「お、おいー!? なんだ! どうした!」

「ごめん、なんか、こうしてないと……自分が無くなっちゃいそうで……」

「……あたしも初陣から帰った夜は、姉貴にずっと抱っこさせてもらったよ」

 最初は強張っていたリコの体が、少しだけ柔らかくなった気がした。

 マサルは他のエルフたちが声をかけてくるまで、ずっとそうしていた。

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