遠回りした先で
焚き火をおこして誰かに見付からないか心配だったマサルも、火に当たり始めてみれば、随分とほっとしたものだった。
山賊が使っていた建物を使う案もあったが、それは天気が急変したときの最終手段だろう。彼らが戻ってこない保証は無いのである。
それなら人目に付き辛いこの場所で焚き火に当たってる方が、ずっとリスクは小さい。立ちのぼる煙は林の枝葉が遮ってくれるだろう。
とにかく、心配し過ぎると判断能力が鈍る。それを肌で感じたマサルは、もう割り切ることにした。薪を割る作業に集中した。
その点はソトクも同じだった。
燃やせるものを探しに行ったはずの彼は、自分の腹ぐらいもある大きな鍋に食料を詰め込んで帰ってきた。
「どうしたんだ、それ」
「へへへ、捕まってた所に食べ物が残ってたのを思い出してさ。取ってきたんだ」
それは山賊全員にしてみたら雀の涙程度の量だったが、マサルたち三人が一晩食いつなぐ分には十分過ぎる量だった。
「やるじゃんか」
「だろ?」
自信満々に行ったソトクだったが、焚き火に浮かび上がった顔色はあまり良くなかった。
「あっ、そうか。お前……」
「うん……」
兵隊たちが焼かれた現場の前を通らないと、山賊のねぐらは出入りできない。
現代風に言うならPTSDになってもおかしくない光景である。
それでも食料を取ってきてくれたのは、彼なりに何かしら強く心に抱いていることがあるからに違いなかった。
「ありがとうな。それと」
「おう?」
「まずは無事に山を下りないとだけど」
「なんだよ、もったいつけて」
「いや……あの兵隊たちをさ、後でちゃんと埋めてやりたいなって」
「ああ、ああ。そうだな。誰が見ても、あんなの悲しいだけだ」
でもその光景を作ったのもまた、どこかの誰かなのである。
その事実に改めて打ちのめされそうになっていると、ふと気付くことがあった。
「リコの奴、遅いな」
「何か見付けたのかもよ」
ソトクにそう言われたマサルが気にすると、ソトクが提案をした。
「俺は川まで鍋の中に水を汲みに行ってくるからよ。迎えに行ってきたら?」
少しの間なら、焚き火を離れても大丈夫だろう。まだ薪を沢山くべる前だったのが幸いした。これなら一時的に誰もいなくなっても、危険なほどに火が大きくなり過ぎることはない。
マサルは提案を受け入れると、腰を上げた。
まだまだ明るい気がしていたが、墓地のある林の中は随分と暗くなったように感じられた。
念の為にあり物で作っておいた松明に焚き火から火をもらって、それを頼みにマサルは林の奥へと分け入った。
思っていたよりもずっと早く、リコは見付かった。
彼女は暗くなった墓地のはずれ、岩陰になっている所に蹲っていたのだった。
まるで、マサルに見付からないようにしているかのように。
見てはいけないものでも見てしまったかのようにマサルには思われたが、彼女のことだから、こちらの接近にはとっくに気付いているだろう。
マサルは彼女の横で片膝をついてゆっくりと頭を下げ、極力優しく声をかけたのだった。
「どうかした?」
「……あたし、ここに来なきゃ良かった」
彼女の憔悴した顔を見たのは、ほとんど初めてのことだった。
マサルは喉がつかえる感覚がしたが、慎重に呼吸をしてから訊ねた。
「急にどうしたのさ。怖いもんでも見たの?」
それについては答えず、リコはマサルの腕にすがってきた。
彼女はしばらくそうしていたが、やがてゆっくりと立ち上がった。
「さっき、たまたま見付けた墓に、名前があったんだ」
「誰の」
「親父の」
マサルが松明を落としそうになったが、慌てて取り直した。
ゆっくりと、墓石の群れに振り返る。
誰かの安息の地は、しかしリコの知っている人の墓がある場所だった。