谷という漢字が困った人の顔に見えてくる呪い
マサルたちは隠れ場所に悩んでいたが、気付けば墓地に迷い込んでいた。
昨晩に出会ったおじいさんが言っていた墓地というのが、きっとここなのだろう。
マサルが想像していたよりもずっと、そこは整然としていた。
形を整えられた墓石が、何列も続いている。全部で五十ほどはあるだろうか。
全てではないが、墓碑銘まで刻んである。それらが林の暗がりの中に佇む姿は、まるで死者が静かに現世を眺めているかのようだった。
こんな所に墓地が。そう驚くリコとソトクとはマサルだけが様子が違っていたから、二人は怪しんだ。
それについてマサルが種明かしをすると、リコが言った。
「なんでその爺さんの話、黙ってたんだ?」
「……ごめん、言いそびれちゃって」
「あっ、わりい、別に責めてるわけじゃないんだ。ただ、何もなくて良かったなと思ってさ」
リコが申し訳無さそうに言ったのをうけて、ソトクが言葉を補った。兵隊に対する虐殺の様子を見て傷付いたはずの心も、幾分か気持ちは切り替えられているらしかった。
「カーツ……じゃなかった、マサルも鈍いとこあるのは変わってねえな。そのじいさんは、つなぎ役だよ。じゃなきゃ俺みたいに山賊に追い散らされてるさ」
「でもそれなら、山賊も俺のことを探してても良さそうなものだろ?」
「あ〜……うん、確かに……」
男二人が顔を突き合わせてるのを、リコが叱った。
「ほらほら、今はわかんねえこと考えても仕方ねえだろ。次に会ったらふん縛って本当の所を聞き出せば済むんだからよ」
「……縛るのはやめてやれよ……」
数日の間に二度も縛られて酷い目にあったソトクは、もう自分がされるのも他人がされるのも嫌になってるらしかった。
マサルはソトクの肩を軽く叩いてやってから、自分の意見を言った。
「とりあえずここなら、墓地に用事がある人以外は来ないから、一晩様子を見よう。森の中じゃ、誰と鉢合わせるかわかったもんじゃない」
「だな。とにかく状況が少しはわからないことには……」
兵隊は山賊……いや、もはや山賊かどうかも怪しいのだが、起こった出来事については「反乱」と叫んでいた。
しかしそれが正解かどうかはマサルたちには判断材料がない。
わかっているのは、武装した集団いくつもの集団が山の中にいるということで、これまで遭遇しなかったこと自体が幸運なぐらいだった。
「それにしても、なんだって山賊討伐の兵隊なんか殺したんだ。何の意味もないだろ」
ソトクのやるせない文句は、しかし指摘としては妥当なものだった。
彼らが何者で、何を目的としているにせよ、兵隊を殺したからには反体制的な集団であることは確かだろう。
だが、重要人物がいたわけでもない小規模な部隊を殺すためにこんなに大掛かりな動きを見せるなんて、無駄が多過ぎる。
「こういうのって、何か儀式的な意味があったりする?」
質問というよりも確認に近いマサルの言葉に、リコは首を振った。
「決戦場で戦う前に罪人の首を斬るとかはあるけどよ……これはそういうもんじゃない。もっとねちっこさがあって……まあ、気に食わないやり方だよ」
それについてはソトクだけでなくマサルも同感である。
今度は三人で顔を突き合わせてると、リコが舌打ちをした。
「ちぇっ、あたしも気が焦ってんな……一緒になって頭を悩ましちまった。夜になる前にぐるっと見てくるから、お前らは薪になるもんでも探しててくれ」
「火とかおこして大丈夫かな?」
「あまりびくびくし過ぎてもな。あいつらがあたしらを探してるような素振りは無かったし、バイザの旦那だって……いや、なんでもねえ。後よろしくな」
そう言って、リコは愛用の肉切り包丁を担ぎ直したのだった。すぐに姿が見えなくなり、流石に切り替えは早い。
バイザについてはマサルもあえて話題にはしなかったから、リコが言い淀んだのも仕方の無いことだった。
あの人は、果たしてどこまでこうなることを知っていたのか。
少なくともソトクの存在は、誰にとっても想定外だったはずである。とすると、一度集落に戻ったときに、何かあったのか。あるいは、もっと前から。
「ああ〜、やめやめ。考えるのやめた。俺は大きめの枝とか斧で割ってるから、ソトクはそれ以外の細かいの探してきてよ」
「おう……って、お前もそんなに丁寧な喋り方できたんだな。前よりずっと話し易いよ」
「あっ、えーっと……」
指摘されて、マサルは思わず慌ててしまった。
しかしソトクは、それについて笑った。
「気にすんなよ。俺も色々あったし、お前もだろ? なら、それでいいじゃんか」
「……うん」
彼の、ソトクの命が、無事で良かった。
マサルは強く、そう思った。