オセロよりも簡単に
山賊討伐を目的とする集団は目的地にほぼ予定通りに到着した。
この指揮官は奴隷上がりながら女王に実力を認められた、エリートである。
奴隷身分は権力者による抜擢がし易く、新体制を盤石なものとしたい若き女王にとってはうってつけであった。
今や全指揮官の三分の一が女王の手駒であり、昔気質の者たちはやがていなくなるに違いなかった。
そんな時流に乗れれば、貴族が貯め込んだ財産を、大事な娘たちとの婚姻で相続することさえできるだろう。
男性のエルフは優男と見られがちで、階級が低いとどの社会でも爪弾きにされ易かったことから、出世欲は人一倍強い。
そのためにはたとえつまらない山賊討伐だろうと、着実にこなさなければならない。
彼は彼なりに、兵を指揮する者としての責任感があったといえる。
だが、彼の運命はここで窮まった。
集落の者たちには弩を持たせ、指揮官を含めた五騎がそれを監督して射撃を先に行い、その後に歩兵三十五名が敵を圧し潰す。万が一のときは騎兵突撃を行い、敵の意志をくじく。
こちらは山に入るために軽装とはいえ、正規の兵隊相手でなければ、それで十分に勝てる。
山賊もそれはわかっていたのか、いつの間にか用意していた人質を磔にして脅してきたが、何の問題も無かった。
「山賊の討伐は目的でも、人質の救出は目的ではない。やれ」
号令一下、矢が放たれた。
それは多くの人を殺傷した。
問題は、倒れたのは兵隊たちの方だったことである。
谷の両側にはいつの間にか弩を構えたオークとエルフの混成隊がおり、彼らは既に二の矢を用意していた。
馬鹿な、と声にすることさえ指揮官にはできなかった。彼は信頼していた近習四名の剣を、同時に体に突き刺されたのだから。
馬上から地面に落下するまでの間に、彼はとっくに死んでいた。
「は、反乱だ! 撤退を……ぐおっ!!」
変事に気付いた兵隊は、しかし今度は山賊の放った矢を放たれて倒れた。
仲間の上にまた別の仲間が倒れるという惨憺たる光景であったが、谷には驚くほど冷静な空気が流れていた。
バイザでさえもが、それを当たり前の光景のように見ていたのだから。
「な、なんだ……どうなったんだ、あれ」
「静かにしてろ。気付かれたらやばい」
マサルとリコが体を縮こまらせている間に、山賊が取り出した旗を振った。
それを見た崖上の者達もまた、旗を振って、さっと姿を隠した。
そして山賊は、目の前の倒れた兵隊たちに向けて、何やら液体の入った水瓶をひっくり返した。
中身が兵隊たちの回りを囲んだところで、山賊は火矢を放った。
水瓶の中身は、油だった。
まだ生きている者もいたろうに、呻き声すらも火勢に呑まれた。殺された指揮官もまた、その中に投げ入れられた。
「うっ……ありゃあ、流石にひでえや……」
リコの言に頷くのさえマサルはできなかったが、悲惨だったのはソトクである。
彼はすぐ目と鼻の先で人が燃える光景を見せ付けられたのだった。
自分も殺されるという恐怖心もあったはずなのに、彼はこう叫んでいた。
「やめてやれ! なあ、やめてやれよ!」
その姿はあまりに悲痛で、残虐なはずの山賊すら、手をかけなかった。
それが山賊の良心だったのか、はたまた哀れみや嘲笑でしかなかったのか。
やがて、山賊たちはバイザの集落の者たちに合流して、姿を消した。
マサルは今にも駆け出して生きてるものを助け出したかったが、それが叶ったときにはもう、手を出せるような状態ではなくなっていた。
唯一、ソトクだけが無事であった。
「誰に見られてるかわからねえ。さっさと行くぞ」
「うん……ソトク、行こう」
げえげえと吐いているソトクの背中を擦ってやると、彼はゆっくりと起き上がった。
「なあ、こんなひどいことするの、誰なんだよ」
彼の疑問は、マサルの疑問でもあった。