割り切って良いのは割り切れないときだけ
バイザに教えられた地点へ行くまでに、マサルとリコは慎重に道を確認していた。
もし何かの変事があって逃げなければならなくなったとき、こうした備えが生死を分ける。
なお逃げるときのやり方については旅の間の時点で二人は確認してあった。
つまり、エルフとオークでは逃げ足に格段の差がある以上、ただ一緒に逃げても効果が薄いのである。
そこでまずリコが先を行って潜伏し、マサルが追い付いてきたときに追手がいればこれに一撃を加える。
それで敵勢が追撃の手を緩めればよし、そうでなければマサルも協力して活路を開く。
これまでは幸いにして、その手順を実現する機会は無かった。
しかし、この手順を改めて確認していて、マサルはあることに気付いたのだった。
「もしかしてさ、ジュカの兵隊さんってオークを捨て駒にして逃げるときがあるの?」
「……ある。でもよ、それはジュカの国に限ったことでもなくて、兵隊ってのはそういうもんなんだよ。普段は民を守るだの立派なお題目を言ってても、兵隊は兵隊を第一にした上で物事を考える生き物だ。良い悪いじゃなくて、そういうもんなんだ」
どんなものとも、付き合い方というのはあるのだろう。
お互いが善良であるに越したことはないが、ただ盲信するとなると、諸共に底なし沼に落ちるのだ。
「あたしだってあれこれ理由付けて、味方を見捨てたことだってある。ずるい言い方だけど、お前も人は殺してるから無縁じゃないんだ」
「そうだよな……」
自分が戦いの場で踏み潰した人達の中に、どんな複雑な事情があったかなんて、未来永劫わかることは無いのだ。
それを「仕方なかった」と言うしか無いにしても、それが自他への呪いになってしまうこともある。
リコは噛んだ薬草の葉っぱをぺっと吐き出すと、後ろを歩くマサルに振り返った。
「ま、あまり難しく考え過ぎてもな。お前は殺した相手のことを悲しめるし、あたしはそんなお前のことが好きだし。とりあえずはそれで良いと思うんだ。ほら、お前もやれよ」
そう言って、噛むと酸味と苦味のある薬草をマサルにもくれた。
リコは難しい話を嫌うが、それは彼女が安直な人だからではない。
誰かのことを考えられるのは生きているからだと、わかっているのだろう。それは「戦場の厳しさを知る傭兵だから」なんて安直な要因によってではなく、自分の両親や姉のことと向き合いながら生きてきた、彼女だからこその優しさと言うべきだった。
「この薬草、前にももらったけど、まずいんだよなあ……」
「贅沢言うな。頭がすっきりするからやっとけ」
マサルはいやいやながらも、彼女の言葉に従った。
そして、二人が見通しの利く隠れ場所にたどり着いたとき、まさしく昼となった。