遠回りした分だけ近くなる
マサルがリコと見張りの交代をするために出かけてみると、彼女の姿は見えなかった。
まさか勝手に、と一瞬不安になったものの、すぐに思い直した。
「ピュリリリ、ピュリリリッ」
咄嗟に、この辺りでよく聞く鳥の声真似をする。
するとガサガサという音がして、草木で迷彩を施していたリコが現れた。
「へったくそなモノマネだなあ」
「気が利いてると思ったんだけど」
冗談を言いつつ、お互いの無事を確かめたところで、リコがマサルの腕を引いた。
彼女は崖下を見るよう促した。マサルは腰を落としながら、彼女の説明を聞いた。
「真ん中の大きめの建物が見えるか?」
その建物の周りは松明が掲げられていたので、エルフより劣るオークの目でもはっきりと見えた。
「ああ、見えるよ」
「夕飯時にあそこに十人ぐらい出入りしてた以外は、特に動きは無かった。別の仲間がいない限りは、それで全員と思った方が良いだろうな」
「ソトクは? その十人の中にいた?」
「それらしい奴が入ってくのは見たが、出ては来なかったな……酔い潰れたか、もしくは……」
「……まあ、焦っても仕方ない。リコは戻って休んでてよ」
「ああ。今夜は天気もいいし、じきに明るくなってくるはずだ。あまり目をこらして、疲れさせないようにな」
「わかった」
オークは眼球が大きいので、乾きやすいのである。
リコから迷彩兼防寒具でもある草木を繋ぎ合わせたものをもらうと、あぐらをかいた格好になって、頭からすっぽりと迷彩をかぶった。
「暇つぶしに大きめに作ったんだ。似合うじゃねえか」
「……」
「なんだよ、文句でもあるのか?」
「いや、なんか……リコの匂いがする」
「……!」
リコは暗闇の中でもはっきりとわかるぐらいに紅潮して、ぷいっと顔をそむけると、さっきまでマサルがいたキャンプ地点の方に去っていった。
『そうか、そういうのは恥ずかしいのか……』
自分が言われたら相手が誰でも恥ずかしいもんな、と反省してから、マサルは崖下へと注意を向けた。
川に月明かりがちらちらと反射して、所々に掲げられた松明と一緒に、静かな夜を谷間に作り出していた。
ソトクは獲物の他に情報も土産にしたはずだから、山狩りのことは山賊も察知していると思った方が良い。
にも関わらず、慌ただしく何かを準備している様子はない。
あるいはいつでも臨戦態勢であり、今は体をしっかりと休めているのか。
『バイザさんや集落の人達が山賊のことはっきりわかってなかったこと考えると、あいつらは別の人達……多分、兵隊から奪ってたはずだよな』
行商人などを襲っていたのなら、商人の情報網ならあっという間に警戒情報が周辺にまで伝わっているはずで、それも無かった。
いずれにしろ、重要なことは彼らがいつからここにいるのか、である。
さっき出会ったおじいさんが未だにここら辺をうろついていることから、山賊が現れたのはそんなに前のことではないはずだ。
『そういえば、リコにおじいさんのこと話しそびれちゃったな……』
まあ、あのままおじいさんは自分のねぐらに帰ったはずだし、問題はないだろう。もし別の何かがあれば、リコはここまで戻ってくるに違いない。
自分よりよっぽど、彼女の方が機転は利くのだから。
さて、山狩りと聞いてマサルはつい夜の山で山賊を松明などを使って追い込む姿を想像していたが、よくよく考えてみればそれは危険な行為である。
獣もいるし、同士討ちの可能性も低くはない。いくら兵隊が横暴でも、集落の人に協力してもらうからには、最低限、明るくなってからになるだろう。
それが明朝になるのか、何日も後になるのか。はたまた反対にあってお流れになるのか。
その動向をある程度見極めるのが、集落に戻ったバイザの仕事である。
今頃はデューロや奥さんに事の次第を伝えて、体を休めているだろうか。あの一家を見てると、自分もあんな風な家庭を築くことになるのかななんて想像もしてしまう。
『少しでも力になってあげないとな』
元の目的とは随分かけ離れたことになってしまったが、ここで放棄もできない。
そう決意を新たにしたマサルであったが、運命というものがあるとすれば、彼はそこからそう遠くない場所にいたのだった。
星は語らず、ただ夜明けへと空をよじらせるばかりであった。