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片道切符を握りしめて

 オークとエルフの相性はとても良い。山や森と親しく、食べるものも差が無い。

 木の実はオークが取ってあげられるし、きのこや薬草はエルフが集められる。

 それでもソトクが故郷を去ったのは、自分のやりたいことができないからだった。

 ソトクは昔からきのこが大好きで、臭いで嗅ぎ分けることさえできた。しかしそんな自分を、エルフの子たちは女々しいと笑ったし、親ももっと力仕事をしろと言ってきた。

 多分、それらの言葉にそこまで深い意味は無かったのだとは思う。ただあまりに長い間にその言葉を向けられたソトクには、集落での生活はただただ窮屈なものにしか思えなくなっていた。

 集落から出た直接のきっかけは友達から誘われたことだったが、それから一ヶ月もした頃には、一人で生活するようになった。

 行く先々の地主や主人に山に入れる仕事をもらって、その合間にひたすらきのこを探した。

 エルフの母親が料理のときにこっそりと自分のために教えてくれたきのこの知識は、外に出たソトクの才能を開花させた。

 地主や商売人と付き合ったおかげで流通するものの価値も覚えられたし、行商をやってみないかと他所者にも関わらず誘ってもらえた。

 しかし、ソトクは売り歩くよりも山に行きたかった。自分はまだ若いし、独身でもある。今のうちにやりたいことをやって、それから腰を落ち着けても良いだろう。

 彼が目指したのは、山岳信仰が古くからあるジュカの国である。そこではいろんなきのこが見付かるはずで、向学心があったソトクは機会を逃さなかった。


 しかし、本来の登山道ではなく山伝いに国境を越えたのがまずかった。そのせいで兵隊に怪しまれて、山奥に逃げ込むはめになった。

 おまけにその山には山賊がいて、またしても追い払われた。生きた心地がしなくて、食料も満足に手に入らなかった。

 オークの体でも三日も食わないとめまいがしてくる。

 父親に習った弓でなんとか獲物へと矢を放ったが、一向に当たらない。

 ああ、こんな形で村に残っても才能を活かせなかったことを証明するはめになるとは。

 ソトクは半ば諦めた心地で、しゃにむに最後の一矢を放った。

 それが、バイザの獲物だったのである。


 馬鹿なことをしたな、とソトクは心底反省していた。

 周りに人がいるのにも気付かず、しかも倒れている獲物を目掛けて矢を放っただなんて。なまじ鼻が良いせいで、獣の臭いばかり追ってしまった。

 思いがけず再開したカーツとリコ……いや、カーツは今はマサルだったか……彼らの手前、自分の失点を取り返したかった。

 そう思って、遮二無二、山賊のねぐらへとやってきたのだ。


「とろそうなわりに、良いもん持ってきてくれたじゃねえか」

 山賊たちは思っていた以上に好意的に土産をもらってくれた。

 山賊たちも裕福な暮らしをしてるわけではないらしく、夕食の席で早速、貧乏自慢を聞かされることになった。

 山賊といっても数は十人程度で、少し大きめの建物に集まって夕食を囲んでいた。

「俺達は兵隊どもが勝手に狩ってる獲物を横取りしてるだけさ。山賊だなんてあいつらは言うが、俺の親はあいつらのせいで住む場所が無くなった。これは当然の報いってもんだ」

 そうだそうだと、他の者も頷いた。

 ジュカの国の政情まではソトクも関心が薄かったが、それなりに耳にはしてきた。ジュカの国の骨格はエルフが主体であり、基本的には採集と狩りで生きてきてた。

 それが急激に畑や土地を欲するようになって、たった十年そこらで国境の住人の住居と仕事を奪ってしまった。

 その当事者や家族たちが各地に散って、この山賊たちはその中でもソトクぐらいの年齢のものたちが集まって結成した組織らしかった。

『そうはいっても、自分まで奪う側にはなりたくないな……』

 ソトクの心情は素朴だったが、彼らの気持ちをわかってあげられない悔しさもここにはある。

 あまり馴染んでも抜け辛くなってしまうと思って、ソトクは食後に少し酒が入った山賊たちに、それとなく情報を分けた。

「獲物を取ってくるとき、たまたま近くの集落の奴と知り合って、話を聞いたんだ」

「どんな話だ?」

「兵隊が、山狩りの準備をしてるみたいなんだ。集落の協力も必要なはずだから、すぐにってことはないだろうけど……一応注意しておいたほうがいいんじゃないか?」

 あまりへりくだっても舐められるので、多少は恩着せがましく言ってみる。

 すると、山賊の一人が大笑いした。

「はっはっは! 心配ねえよ! 俺達にはすげえ人が付いてんだから!」

「こんな新参にそこまで教えてやることはねえだろ」

「っせえなあ、別に構いやしねえよ。ま、あの人なら兵隊の動きも熟知してるだろうから、俺達は気楽に構えてりゃいいのさ」

 どうも危機感が薄いが、それだけ『あの人』とやらの存在感が大きいということか。

 ソトクはわざと関心を寄せないでおいて、酒を飲み過ぎた振りをした。

「ひっく……疲れてんのに酒なんか飲まなきゃ良かった……川で顔洗ってくる」

「そのまま流されんじゃねえぞ〜」

 しめた、このまま抜け出せそうだ。


 ソトクがほっとして外に出ようとしたとき、彼の後頭部が思い切り殴りつけられた。

 わけもわからず倒れた彼を見下ろしながら、山賊は言った。

「なあ、さっきの話が本当なら、こいつを兵隊どもの餌にしようぜ」

「お前もあくどいこと思い付くようになったな」

「ここまで来たら、何でもやってやるさ。あとちょっとで……」

 そこまではソトクの耳にかろうじて聞こえたが、そこから先は意識と共に闇に飲まれたのだった。

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