とりあえず水分を飛ばせばなんとかなるんだよの精神
焼いたタニワは、想像以上に美味だった。特に肩肉は小麦粉をまぶすなどの処理もしていないのに、肉は柔らかった。
野生の動物なのに食感は鶏に近く、ここら辺の人々が羨ましく感じられるぐらいだった。
「こんなに美味しいなら、養殖したら名産にできそうだよな」
「地元の連中がそれをしてないってことは、何か理由でもあるんじゃないか? ストレスに弱いとか、気性が荒いとか」
「うーん、それもそうか」
他愛のない話をしながら、今夜の分と決めておいたものだけ食べて、池の水を簡単に濾してから飲む。
見張りの順番は、先にリコに譲った。
頃合いを見計らって崖の所に交代に行くまで、マサルは適度に仮眠をしておかなければならない。
「うっかり寝過ごさないか、心配だなあ」
「お前があんまり来なかったら、起こしに来てやんよ」
リコはそう言い残して出発したが、彼女の言う通りになった場合、あまりに格好が付かない。
かといって、つまらない意地を張って寝ないようにしようものなら、本末転倒である。そんなことはリコも望まないだろうし、マサルの仕事は疲れを取るのが第一である。
考えても始まらない。
マサルは肉の残りに獣が寄ってこないよう、焚き火から掻き出した灰に突っ込んでおいた。これまでの野宿でリコがやっているのを見て学んだことだが、こうすると肉の臭いが漂うのを防げるし、水分も取れて保存し易くなるのだという。調理するときは軽く洗って灰を落とせば良い。
煙をとく用を屋根がちゃんと果たしてるのを再三確認してから、マサルはごろんと横向きに寝転がった。
腕を枕に焚き火を眺めながら、夜の山中に体を委ねる。
そうしてみると、こんな風に一人で寝るなんて、こちらに来てからはほとんど初めてのことだと気付いたのだった。
集落に残してきたイベも、今頃はこうして焚き火でも眺めているのか。
ああ見えて意外とちゃっかりしているから、キンカおばさんと酒でも飲んでいるかもしれない。
想像が膨らむほど、まぶたがおりてきた。
山越えはやはり疲れるのだ。
どれぐらい経ったろうか。つい寝入ってしまっていたマサルだったが、リコに起こされることは無かった。
ふとまぶたを開けたとき、だいぶ火の勢いが弱まった焚き火の向こう側に、オークが座り込んでいた。
「さ、山賊!?」
「静かにせい。そんなんじゃないわい。大体、山賊だったとしても、こんな老いぼれ相手にびびって恥ずかしくないんかい」
慌てて飛び起きたマサルだったが、言われてよくよく見てみると、確かに相手はお年寄りだった。
集落に残ったご老人がたと同じぐらいだろうか。
「えーっと……お一人ですか?」
「ああ。なんだ、意外と礼儀正しい奴だな」
「はあ、まあ……どうも」
悪めなさそうなおじいさんだが、こんな山の中に一人というのも気になる。
マサルの疑問に、相手は丁寧に答えた。話し相手に餓えていたのかもしれない。
「わしはな、お前の言う山賊たちがいた所に元々住んどったんだよ。昔、一緒に働きに来た奴らの墓守をしながらな」
「お墓?」
「ああ。山賊どもが勝手に使ってるあの谷の奥に、墓地を作ったんだ。故郷に帰る機会をつかめなかったやつ、訳ありで逃げてきたやつ……みんなくそったれで、最高の友だったんだ。それも、わしで最後になった」
目がだいぶ弱っているのか、おじいさんはマサルの顔を見ているようで、見ていない。
鳴子に引っかからなかったということは、森とは反対側から来たのだろう。話しぶりからして、山賊から隠れて生活しているらしい。
もっと話を聞いてみたかったが、そろそろリコの様子も見に行ってあげなければならない。
「俺、ちょっと用事があるからここを離れなきゃいけないんだけど……いたかったら、ここにいていいですよ。そうだ、タニワの肉もあるんです。ほら」
「タニワ! おお、灰干しにしたのか。ええのう」
マサルが灰から取り出した肉を間近で見せてもらったおじいさんは、素直に喜んでいた。
「俺が出かけた後に交代でエルフが来るんで、それでも良かったら、ここで食べててください」
「ほーん、お前の彼女か? 嫁か?」
「よ、嫁です」
「その嫁と山賊がいる山に来るとは……まあ、事情は色々だな。わしも野暮は嫌いだ。肉だけもらって、退散するよ」
そう言って、おじいさんは思ったよりも軽快な足取りで、肉を一塊だけ持って行った。
「あんなおじいさんが一人でふらふらしてるって……もしかして、山賊って間抜けな奴らなのか?」
違った角度の問題で不安になってきたマサルは、焚き火の具合を確認してからその場を離れたのだった。