誰が見てるか見てないか
マサルたちが腰を落ち着けた場所は、山賊のねぐらのある谷から森を一つ隔てた先にある、小さな池のほとりだった。
岩肌がえぐれた場所でちょうど雨宿りもでき、落ちていた枝葉を利用して小さな屋根を作れば、焚き火の煙が立ちのぼるのも防げた。
そうでないと、山賊のように目端が利く連中はすぐに煙を見付けることだろう。
マサルたち三人は夕暮れまでに急いで準備に取り掛かった。
マサルは旅の間に何度か使い心地を試してきた斧とナイフで材料を揃えて、それをリコが組み立てた。
バイザは罠の知識を使って、森からの出口の数カ所に鳴子を設置して、少しでも安全を確保した。何の変哲もない草や葦、蒲の類を撚り合わせあっという間に紐を作ってしまうのは、リコでさえも目を奪われていた。
こういう指や手の力自体が問われる作業は、かえってオークの無骨なものの方が向いているのかもしれない。
マサルがこっそりと練習しようと心に決めていた一方、バイザも思案をしていたらしい。
彼は一通り作業が終わった所で、提案をしてきた。
「あのねぐらの様子だと、思ったよりも長丁場になるかもしれない。一度、私だけで戻らせてもらいます」
「もう暗くなりますよ?」
「だから私が行くんですよ。本当ならお客さんだけ残していくなんて嫌なんですがね……お二人じゃ夜は迷子になっちまうかもしれない。集落の様子も見ておきたいんで、明日の昼にここで落ち合いましょう」
バイザも家族には報告がしたいだろうし、集落だけでなく兵隊たちの動向も確認しておく必要はある。出発前に懸念した通り、周囲に怪しまれる可能性はあるが、バイザだけなら上手く立ち回れるはずだ。
それにしても、あのままデューロを帰さずにここまで連れてくれば、何かと役に立ったかもしれない。
しかし、しっかりしているとはいえ、彼はまだ子供であることに変わりはない。どうしても身を守るために必要なことをやらせるならともかく、わざわざ危険な場所に付き合わせるのは賢明ではない。
マサルとリコはバイザの説明に納得すると、話を長引かせないよう、すぐに送り出した。
そうせ戻るなら、少しでも明るい内に出発した方が良いのだから。
バイザの姿が見えなくなってから、マサルはリコとこれからについて相談を始めた。
「今晩は交代であの崖まで行って、上から山賊の様子を見よう」
「そんなことしなくても、あたしなら夜闇に紛れて、ねぐらのあちこちを調べて来れるけどな」
「だめっ」
「だめってお前……あたしも子供じゃないんだから……」
「だめなものはだめ。せめてバイザさんが戻ってくるまでは、少しでも危なそうなことは控えること」
「……わかったよ。言う通りにする」
話が決まったところで、マサルはあるものに注意を向けた。
実はここまで、罠にかかった獲物を持ってきていたのである。
これは三羽いたうちの最後の一羽で、さっきバイザが枝に吊るしてから首を切って、血抜きをしておいてくれた。
リコと二人なら、明日の昼までは十分に腹が満たせるだろう。
作ったばかりの屋根で焚き火の煙がちゃんと消えるのを確認してから、マサルはくべる薪の量を増やした。
この旅ですっかり料理担当になってきたリコは、手早く肉を切ると持ち歩いている調味料をすりこんだ。
それから屋根の柱に吊るせば、焼きつつも少しだけ燻す格好になり、出先の料理としては十分にごちそうと言えた。
まだ血が十分に抜けてはいなかったので少し手間取ったが、ついでだからと残った肉や内臓も腐らないように処理をしていく。
そうこうするうちに調理した方の肉はいい具合に焼けてきて、ぽたりぽたりと肉汁が垂れて、じじっ、じゅじゅっ、じゅわっという音が、肉汁を浴びた火から聞こえたのだた。
「なあ……」
「んあ?」
途中からは無言でひたすらに肉を処理していたのだが、ここにきてリコが口を開いた。
池で洗ったばかりの手を拭っていたマサルに、リコは言った。
「森に帰ってからも、たまにあたしとこうやって旅行してくれるか?」
「それはイベさんは抜きで、ってことだよね?」
「……うん」
こういう言い方をするときのリコは、わりと甘えたがりな所が素直に出ているときである。
普段の彼女は豪快なようだが、それは自分の思い通りにならないことを我慢しがちなことと裏表なのだとマサルには思える。
そんな彼女が少しでもやりたいと示してくれることは、出来る範囲で叶えてあげたかった。
「いいよ。森だとどうしてもイベさんを優先することが多くなるはずだし、リコにそれぐらいしたってイベさんも怒らないよ」
「そっか」
軽めの物言いだったが、彼女の表情は今まででも珍しいぐらいに、柔らかなものだった。