優しくされなきゃ優しくできない
文字通りに「垢を流した」マサルは、山の夜風が肌にしみた。
一仕事を終えたリコは、木製のコップに注がれた果実酒を美味そうに一口で飲み干した。
幸い、オークも利用し易い一階の部屋は空いており、広く取られた縁側からは集落の明かりを見下ろすことができた。
オークはオークだというだけで不便なことも多そうだったが、それだけにマサルは自分を気遣ってる人達の存在に敏感になることもできた。
もっとも、これは最初に出会った人達がそうだったからというのもあるだろう。さもなければ、恨まれ、嫌われ、そして自分も恨むという、負の連鎖に陥っていたかもしれない。
元の集落から去ったオーク達は、今どうしているのだろう。
湯上がりの体でそんなことを考えていたマサルを、隣で縁側に腰掛けていたリコが気にした。
「湯中りでもしたのか? あっつい風呂なんて久々だったろ」
「ああ、いや、そういうわけじゃなくて。集落から出て行ったオークの人達は、どうしてるだろうなって思ってさ」
「っていうと?」
興味を持ってくれたリコに、マサルは丁寧に答えた。
亡くなった前族長のせいでマサルはここにいるわけだが、何もかも彼のせいにする気は起きない。
マサルより先にさっさと死んでしまったことへの恨みはあるものの、彼なりに代償は払ったとも言える。
「オークとしての俺の人生を恨むにしても、リコやイベさんと過ごせるのは楽しいのは本当なんだから……逆に集落から去った他のオークの人達はどんな生活をしてるのか、どうしても気になるんだよね」
「なるほどね……まあ、気にかけないよりは良いと思うな。姉貴やカーツは他のオークのこと、結構割り切ってたから……」
「イベさんはわかるけど、カーツさんも?」
「あいつはあいつなりに、族長になるプレッシャーと付き合わされていたと思うんだよな。ただ、姉貴がべったりだったから言い出せなかったんじゃないか。今になってみると、そう思えるんだ」
リコはイベの傍を離れることで自分と向き合ってきたらしいから、そう感じられるのだろう。
「まっ、そう気負うなよ。ここまで引っ張ってきたあたしが言うのもおかしな話かもだが、集落を去った奴らだってあれもこれもって計画して集落を出られたわけじゃない。足取りがわかるときは、呆気なくわかるだろうさ」
マサルはこの話題であえてリコの父親のことは特別引き合いに出さなかったが、当然ながら彼もこの話題には含まれている。
去った人を追うということは、去らなかった自分の過去と未来を追うということでもあるのだろう。
しかしリコの言葉は、このときマサルや彼女が思っていたような平和なものとは全く違う形で、実現することになったのだった。