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筋肉だけで解決しようと思うな

「人族の奴隷商たちが、森の近くの街道脇にキャンプを張り始めてたよ」

 偵察に出ていたエルフが、昼過ぎに集落の広場に戻ってきた。

 広場は今や防衛司令部と化しており、弩用の動作を確認するオークや、矢の不良品をはねるエルフでごった返している。

 偵察役のエルフは名前をキンカと言い、イベやリコの母親とは友達だったという。

 エルフはみながみな肌が白くて目鼻立ちがすっきりしており、とにかく見た目で年齢が判断し辛いのだが、挙措や話のし方で、マサルにもなんとなく察することはできようになってきた。

「すぐにでも襲ってきそうですか?」

「やだねえ、カー坊。そんな丁寧に喋って。ついこの間まで、ばばあとか言ってたのに」

 本当にろくなことしてないな、カーツ。

 マサルはやれやれとため息を吐かずにはいられなかった。それでもキンカから嫌われてる感じはしないのは、オークはそういうものなのか、エルフたちがおおらかだからなのか。

 さて、キンカおばさんはカーツのため息を別の意味で受け取っていた。

「ああ、ごめんよ。あんたなりに責任感ってのを持ったんだろうね。おばさんも質問にちゃんと答えなきゃねえ」

「は、はい。お願いします」


 キンカおばさんによれば、あの様子だと襲撃は早くても明日の朝になるだろうとのことだった。

 まず、人族は夜目がきかない。素人ならともかく、彼らはプロの奴隷商と彼らが雇った傭兵であり、必要の無い危険を命がけでおかしたりはしない。

 森の中に入ってくるのなら、準備を万全に整えてから、一斉に森に分け入ってくるだろう。

 それらの点から、今日一晩は様子を見て、朝日がのぼってから襲撃してくるに違いない。


「うちの若いのが沢山いる状態なら、奴らも手は出してこないだろうけどねえ。最初から守るには森の中は不向きだ。となると攻めるしか無い」

 この集落は砦になっているわけではない。砦というのは維持するだけでも森の資源をかなり使うらしく、オークとエルフの寄り合い所帯であるこの集落では採用されなかったのだ。

 人手が足りず、森の中で待ち伏せしようにも難しい。

「逃げるのはだめ?」

 その意見をキンカは笑わなかった。

「勝ち目はあるんだよ。さっきも言ったけど、あいつらは命がけで襲ってはこない。傭兵どもも名の通ったグループじゃないようだし、一発でも思いっきりぶん殴れば……」

 そう言われても、マサルは半信半疑である。やはり自分の目で見てないからだ。こちらの世界に来てから、自分と同じ……いや、かつての自分と同じ人間を見ていない。

 一発ぶん殴るとしても、自分にそれが出来るだろうか。

 うぬぼれと言われればそれまでだが、リコを吹き飛ばしたことで、人を傷付ける恐怖がマサルには芽生えていた。

 さて、そのリコだが、噂をすればなんとやら。

 姉のイベに付き添われながら、広場にやってきた。

「なあ、そんなベタベタすんなよ。怪我は無いんだから」

「だめ! 目を離したら自分で偵察に行く気でしょ!」

 図星だったらしく、リコは頭をかいていた。

 やや張り詰めていた広場の空気が、二人の登場でかなり和らいだのがマサルにはわかった。

「リコさん、もういいんですか?」

「……リコ」

「ん?」

「リコ」

 そう呼べ、ということだろう。

 行儀が良過ぎると、マサルをカーツだと思っている者たちの間にもさすがに疑念が強くなりかねない。

 マサルが頷くのを見てから、リコはさっきの質問に答えた。

「勝ったからって、あたしを舐めんなよ。一応は受け身も取ったし、あれぐらいでどうにかなるようなヤワな体じゃないんだ」

 リコは真剣な口調で言っていたが、それを隣で見守っていたイベは、なぜだか嬉しそうだった。

 マサルは彼女の笑顔に視線を吸われたが、すぐにリコにひっぱたかれた。

「聞いてんのか!」

「はい、はい! 聞いてます!」

 今度はイベだけでなく、リコ以外の全員に笑いが伝わった。

 その中の一人、キンカおばさんがパァンと自分の手を叩いた。

「よし、作戦は決まった。あんたたちならやれるだろうさ」

 嫌な予感がしたので、マサルは先に自分の予想を言ってみた。

「俺が突進してなんとかしろ、とかじゃないでしょうね」

「ん? そんなのは作戦じゃないだろ?」

 良かった、なんだかとてもまともそうだぞ。

 マサルが胸を撫で下ろすのを見てから、キンカは続けた。

「ただ、多少は敵の目を引き付けてもらわないと困るんだよ。まあ、リコが上手く手伝ってくれるだろうさ」

「ああ、任せろ」

 リコは即答した。どんなにオークが丈夫そうでも、囲まれてボコられたらそれまで。縄を足に絡ませて転ばせようとするのは常套手段だという。

 そういう絡め手を防ぎつつ、オークの存在感で敵を誘導する。

 そこからの肝心の作戦内容は、マサルには意外なものだったのだが、オークとエルフのタッグを活かすものだった。この集落は、ずっとそうやってきたのだろう。

 作戦が決まってからは、後は時間との勝負だった。

 キンカの作戦は、夕方に決行される必要があるものだったからだ。

 マサルとしても、その方が良かった。リコとの勝負のように時間を置かれたら、今度こそ不安でどうにかなってしまうかもしれない。

 そう思ってマサルが腰を上げようとしたところ、イベがそれを止めた。

「マ……カーツ、出陣前に必要なことがあります! あなたは族長の代理なんですから、きっちりしないと!」

 それを聞いたキンカがにやりと笑った。

「おお、そうだそうだ。いやー、よく気が付いたね。後の準備はおばさんたちでやっておくから、ゆっくりしてきな」

「姉貴にとっても大事な仕事だしな」

 リコの言動が気になりつつ、イベに促されるままに村の奥の方にマサルは歩いていく。

 他の人達の目と耳が届かなくなったところで、マサルは訊ねた。

「出陣前に必要なことって? もしかして、生贄を捧げるとか……」

 昔の戦争の話とかで、よく聞くやつだ。こういう集落なら十分に有り得る。

 これから人を殺してしまいかねないことと比べたら……と思わないでもないが、やらないで済むことはしたくないのがマサルの素直な気持ちだった。

 マサルの質問に、イベはくすくすと笑った。

「みそぎです! 私がすみずみまで体を洗ってあげます!」

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