考えが似るのか、似たいから考えるのか
「豚を殺すのなら優しく接しろ、と申しますでしょう?」
バラニが口にしたのはどうやらこの世界のことわざらしいが、マサルにも言っていることはなんとなくわかった。
『敵を騙すならまず味方から……みたいなもんだろう』
ゲンイ司教の話が終わった後、マサルはそそくさと談話室を出た。その後にバラニが続いた。かわいそうなことに、デューロはお茶の後片付けが残っている。
マサルはデューロを待っていてあげようかと思ったが、バラニが下階へと歩き出したので、それに続いた。
我らが大地へと続く長い長い階段をおりながら、二人は話をしていたのだった。
「デューロにはあまり聞かせたくない話ですから。先におりて、お夕飯の準備でもしていましょう」
バラニは踊り場で振り返って、手に持ったランプをマサルにかざしてみせた。ついてこい、ということである。
窓の外はもう大分薄暗くなってきており、換気のための一部を除いて、修道士たちは雨戸を閉め始めていた。万が一にも戸が外れて下に落ちないよう、その動作はとても慎重なものだった。
この建物は高層の木造建築であることから、防火のために照明などの火の元は各々が自分で持ち歩くことになっている。
そこまでしてなお失火は防げないのだから、火事というのは恐ろしいものだ。
何はともあれ、バラニに置いていかれると他の修道士に頼んで下まで送ってもらうことになる。それはいかにも情けない。
「司教が思ったよりもピリピリしていたもので。向こうから何か言ってくる前に、こちらからマサルさんたちのことを話したんですよ」
「だからって……いや、まあいいですよ。おかげで好きに出歩けるみたいだし」
「そう言ってもらえると、憎まれ役を買った甲斐があります」
バラニにはどうも楽しんでるような節がある。ただ、彼女のおかげで快適に過ごせているのも確かであり、あまり穿った見方をするのも勝手過ぎるだろう。
時折すれ違う他の修道士たちに怪しまれないよう、適度に会話の間を置きながら、怪腕をおりていく。
いくら広く造られてるとはいえ、オークであるマサルとすれ違うために、わざわざ道を譲ってくれる者ばかりだった。
バラニも、こういう人達と同じ生活をずっとしてきたのだろうか。
そんなことを気にし始めた頃、階段は終わった。
外に出て大きく深呼吸をしたマサルに、バラニは言った。
「とりあえず、デューロの実家にでも行ってみてください。山の中の他の集落に行くときにも便利の良い場所ですから」
「じゃあ、あの子も一緒に?」
「ええ。そうしてあげてください。それと……いえ、なんでもありません」
あの子に謝っておいてほしい、と言いたげな顔だったが、これは思い込みだろうか。
マサルは自分がバラニをどういう人物として見たいのか、少しわからなくなっていた。