オークの膝はお相撲さんと比べて丈夫か否か
マサルが本山の三階部分よりも上に行くのは、この日が初めてだった。
修道士たちへの遠慮もあったが、何より「オークの自分が上に行って床を踏み抜きはしないか」という心配が強かった。
しかし木造建築とはいっても、床や天井はがっしりと岩肌に食い込み、材木に精通した者達が拡張してきたこの本山修道院は、もし上から巨大な岩が雪崩落ちてきても崩れ落ちはしないであろう。
階段は一つ一つしっかりと、広く作られていた。ひょいひょいと軽快に歩くデューロを追っていたマサルも、軋む音一つたてない足元にすっかり安心したのだった。
ある階では高齢の人族のおばあさんが階段の途中で座り込んで休憩していて、その隣で修道士がおばあさんの話に耳を傾けていた。
本山への旅路や噂話などで色々と不穏なものはあったが、ここの修道士はみな気さくで、親切だ。
修道士には男性も女性もいたが、デューロのように極端に若い場合を除いて、外見で何歳かはまずわからない。以前にイベから聞いた所によればこの世界の人族の三倍から五倍ほどがエルフの一般的な寿命らしい。
三倍から五倍では結構な間が空いてしまっているが、これは我々の世界のようにはっきりとした統計があるわけではないからだ。
なおオークは本来ならエルフよりも寿命は若干短いのだが、マサルの集落のように何世代も一緒に暮らしてきた場所だとあまり変わらないとのことだった。
マサルは人間として生活してきた感覚を持った状態でオークになって、突然に寿命が何倍にもなってしまったわけだが、そもそも元の世界とあまりに生活が違うため、将来の心配をするどころではない。
果たして、自分は神に感謝すべきか否か。そこら辺について、自分なりにこの度で整理をある程度は付けてから、諸々の元凶である神と向き合いたいものだ。マサルはそう考え始めていた。
「おっさん! この階だぜ!」
あまりに長く階段をのぼっていたものだから、つい足元を見ながら考え事に頭がいっていたマサルだったが、デューロに声をかけられて、顔を上げた。
正確にいえば二十階に当たるが、マサルはもう何階なのだかわからなくなっていた。全体としてはこの倍以上もの階数があるというのだから、もはやこの建物に住まうこと自体が信仰を試しているといえる。
マサルは先程のおばあさんのように階段に座り込んだ。デューロがわざわざおりてきて、隣に座った。
「なんだ、へばっちまったのか?」
「いや、体は平気なんだけど、気疲れしちゃって。こんなに長い間、階段をのぼり続けたことなんて無いんだから」
「そういやそうか……ごめん、もっとゆっくりのぼってやれば良かったな」
「住んでる人なんてそんなもんだって。俺のためにわざわざ案内してくれてるんだから、気にしないで」
そういえば、とマサルは話題を広げた。
「デューロは何階に住んでるの?」
「俺? 俺はバラニ様と一緒の部屋で、三十三階」
「うへえ〜……って、一緒の部屋だったの!?」
「そりゃそうだろ。俺はあの方の世話が仕事だし、上の方は見た目ほど部屋数が無いしさ」
そこを問題にしてるわけではないのだが、思っていた以上にこの修道院は男女についてはあまり厳格ではないらしい。
まだ子供とはいえ、これぐらいの年齢だとそれなりの気遣いはしても良いようにマサルには感じられる。
そんなことを考えていると、そのバラニに背中から声をかけられた。
「おやおや、話し声が聞こえると思ったら、そんな所で。何を話してらしたんですか?」
エルフの耳の良さなら、多分聞こえていたと思うのだが。
「デューロの暮らしぶりを、ちょっとね。それより、バラニさんも司教さんに呼ばれたんですか?」
「ええ。用件は知りませんが……」
バラニが、それとなくマサルに目配せをしてくる。
用件自体が厄介な可能性があるのか、それとも司教自身に問題があるのか。
マサルはやがて、重い腰を上げたのだった。