噂が酷い人は実際会っても大体酷い
フージ教の本山に来た日から数えて、三日が経った。
それだけ寝起きをするとマサルも身の回りのことは自分で出来るようになってきた。
一日の生活をざっと追うと、次のようになる。
起きたらまず、水汲みに行く。山々からの水脈に恵まれており、井戸も数ヶ所にある。
この井戸は管理がそれなりにちゃんとしており、修道院の関係者が汲む井戸とそれ以外とははっきり分けられている。
バラニは関係者の方を使っても良いと言っていたが、便宜をはかってもらうほどのことでもないので断った。
マサルは初めて水汲みに行った際、釣瓶で水を汲むのを他の人の代わりにやってあげたとき、これぐらいで喜ばれるならと並ぶ人がいなくなるまで続けた。ここにいる間は、それがマサルの仕事の一つになりそうだった。
仕事といえば、巡礼者のキャンプで炊事の手伝いをするのが本山の修道士にとっては仕事の一つらしく、早朝から黒の制服を着込んだエルフが慌ただしくしている姿を沢山見かけることになる。
リコはそのうちの一つを手伝っていて、新婚のエルフということもあって何かと話しかけられていた。この手の話は、一日もあればあっという間に広まる。
もっとも、リコも傭兵なんて仕事にしてきた女性である。その手のことはそれこそ朝飯前であろう。
「いやあ、その、まだ子供とかさ……いやほんと、まだ全然考えてなくて……す、することはしてんだけど、さ……はは、ははは、なんてな……」
……どうも思ったよりは自然に受け答えできているわけではないらしい。
考えてみればここまで他人に囲まれて結婚のことをああだこうだ話題にされることなんてリコは無かったろうし、そもそも、リコは恋愛経験が無いらしい。まあ、その点はマサルも人のことは言えないのだが。
朝から昼にかけては足りないものが無いかを確認し、午後は仕事が無いか色んな人に訊ねて、もらった仕事をする。
これはもちろん、情報収集を兼ねている。ジュカの国で他所者が居着くような場所の話がわかれば一番良かったが、なかなかそこまで都合良くはいかない。
大体において聞かされるのは、昔よりも金持ちの態度がでかくなったとか、畑の作物を国からあれこれと口出しされるとか、村の受け持つ租税が増えたとか、世知辛い話が多かった。
本山の話もちらほら出てくる。特に年配の人の話だと「前の司教様はよくこういう所にも顔を出してくれたが」という、今の司教への不満である。
流石に会ったこともない人のことはマサルも判断を保留せざるを得なかったが、チャンスは意外と早くやってきた。
その日の夕方、デューロがマサルの姿を見付けて、声をかけてきた。
マサルは隙間風の入る部分を補修し終えたところだった。
「おっさん! マサルのおっさん!」
「何? 仕事でもある?」
「無くはないけど、それよりでっけえ用事が出来たよ! 司教様が呼んでんだ!」
一応、こういうときのための対処はリコとの間で確認してある。
彼女は今、干した洗濯物の片付けをみんなとしているはずだ。
「俺だけで良いのかな? リコの奴、あまり堅苦しいことは苦手でさ」
「良いと思うよ。案内は俺がするから、準備が出来たら言ってな」
デューロはそう言うと、干したの入れたばかりの寝藁に寝転がった。
マサルは近くにいた顔見知りにリコへの伝言を頼むと、デューロと共に出かけたのだった。