足し算だけし続けるのもそれはそれで大変
シズの丘にあるフージ教本山の修道院は、マサルの想像していた修道院の姿とは大分違っていた。
街の教会は、写真などでも見慣れた石造りのものだったが、本山修道院……面倒なので今後は本山とだけ書く……は山の岩肌によりかかるようにして作られた、木製の立体構造物だった。
ぱっと見で簡単に言うと、いびつでバカでかい箪笥である。
高さ百メートル以上の岩肌に、幅数百メートルの構造物がへばりついているわけで、壮観であった。
元は石窟でほそぼそと教えを守っていたのが、やがて布教が進んでここが本山となってからは、人が増えるに従い段々と木造部分を付け足していき、今の形になったらしい。
「年中行事のときはあそこに千人は受け入れますし、この丘で野営する方はもっといます」
バラニの説明によれば、礼拝堂は外からは見えないものの、今ではこの建物自体が崇拝の対象らしい。
位置関係について整理しておくと、シズの丘という丘陵地帯があり、マサルたちも今、そこに立っている。
そこから山の方を見ると本山の建物が見えるようになっており、まさに建物を拝む人にとっては、この丘が礼拝の場なのだった。
「森を逐われたエルフが山の岩肌を前にして、逃げられぬ絶望の中から希望を祈ったのがフージの始まりと言われています」
「逐われたって、誰に?」
「同じエルフに」
エルフと言ってもいろんな「人」がいる。
そんなことはマサルも頭ではわかっているつもりだったが、イベやリコ、集落の人達ばかり見ていると、どうしてもそこら辺の認識が甘くなりがちだった。
「まあ、そのおかげといいますか、フージは種族や国の隔てのない教えとなりました。ですからマサルさんもリコさんも、あそこでは気楽に過ごしてください」
「それはいいんですけど……あれ見たらちょっと心配なことが出てきたんですよね」
マサルの言葉に、バラニは首を傾げた。
「俺が歩いても、床が抜けたりしないですか?」
「まあ、そんなこと……うふふ、大丈夫ですよ。とても丈夫な木材です。ただ火事には気を付けてくださいね? 全焼はありませんが、何度か失火で焼け落ちてますから」
ぞっとしていたマサルに、リコが言った。
「あたしたち、できるだけ下の方に泊めてもらおうな?」
「そ、そうだね」
そんな会話があったから、というわけでもないのだろうが、マサルとリコは構造物の一階の一室に通された。
そこは夏の間は放牧しっぱなしになっている家畜を入れるための畜舎で、冬以外は来訪者用の宿舎となっていた。
本来は畜舎といっても掃除は行き届いているし、今は家畜もいない。貯蔵されている藁の匂いが少し濃いぐらいだし、むしろ落ち着く。
何より広々としていて、風通しも良い。夏の間に世話になるには好ましい環境だった。
具体的には学校の教室一つ分ぐらいあり、そこをマサルとリコの二人だけで使えるのだから、贅沢にさえ思えた。
とりあえずそこに旅の荷物を置かせてもらったところで外に出ると、待っていたバラニと親しげに話すエルフの男の子がいた。
エルフの年齢はマサルにはまだまだピンとこないが、外見だけでいえば、小学生ならば高学年ぐらいだろうか。しかし受け答えはハキハキとしていて、大人びた印象だった。
「ねえ、しばらくはいるんですよね!? 俺、バラニ様に食べてもらいたい料理、一杯覚えたんだ!」
「まあまあ、楽しみだこと。ああ、デューロ。あちらがわたくしのお客様です。ご挨拶して」
これが彼、デューロとの出会いであった。
バラニとまだまだ話したりなさそうな彼は、ぎこちなさそうに笑ったが、礼儀正しく頭を下げた。
「デューロです。バラニ様のお世話をしてます」
「はあ、そりゃ大変な仕事だな」
リコがからかうと、思わずマサルも吹き出してしまった。