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やはり筋肉はすべてを解決する

 早朝。まだ眩しさの残る朝日の中で、マサルとリコは対峙した。

 その戦いをやめさせるために、イベはマサルを庇うように立っていた。マサルの下半身もほとんど隠せていなかったが。

「おやめなさい、リコ! この方はまだ体に慣れきってないのよ!」

「だから気合を入れてやると言ってるんだ! そのオークの体にな!!」


 昨晩、この勝負を必ず行うことを言い切ったリコは、もはや説明は不要とばかりにその場で寝転ぶと、すぐにいびきをかき始めた。

 それまでマサルは忘れていたが、リコは大急ぎで集落まで危険を報せにきて、疲労は相当であるはずだった。

 イベは無理矢理にでも妹を起こそうとしたが、マサルがそれを止めた。

 そのため、どうしてリコがこの勝負を譲らなかったのかはわからないままだった。


 この勝負にギャラリーはいない。

 この村の人たちは良くも悪くも図太いらしく、いくさの前祝いだと朝まで飲んで寝た人や、自宅で武器の手入れを始めた人もいて、村はずれにある決闘場までは誰も来なかった。

 族長は一度も家には帰っておらず、さっき見た限りでは、広場で雑魚寝しているオークたちの中にもいなかった。


 マサルの装備は、イベが出発前にガチガチに巻いてくれた手甲と脚絆だけ。怪我をしたときに巻くような布製ではなく、やわらかく伸ばした木の皮を重ね合わせ、帯状のもので固定したものだ。

 付けてくれている間、イベは重そうにしていたが、すべてを装備し終えた後でもマサルは全然重さを感じなかった。恐らく、この体は相当な筋力があるのだろう。

 相撲を取る力士はとんでもない筋肉を持っていて、だからあんなに俊敏に動ける。野生の動物でも似たようなのはいる。

 それらを知識では知っていても、そういう特殊な体を自分が手に入れたのだと思うと、にわかには信じ難かった。


 マサルは先に口と口で戦い始めた姉妹をよそに、一人で大きく深呼吸をした。

 この集落のある森の空気は、朝露で清められていて、余計なものが息と一緒に全部出ていったような気持ちになれた。

 それでも、怖いものは怖い。数メートル先に大きな刃物を構えられていて、その刃は鈍く光っている。

 あんなので斬られたら、切り傷以前に、重さだけでどうにかなってしまいかねない。


 そのリコの得物は、イベによれば姉妹の父親が使っていた家畜用の包丁なのだという。二人の家庭環境にマサルは興味が湧きかけたが、とにかくこの勝負を切り抜けないことにはどうしようもない。


 ああ、理不尽だ。理不尽だけれど、奴隷商人たちが襲ってくれば、もっと理不尽なことが起こる。

 そのときはもう、イベに庇ってもらうことなんてできないのだ。

 それだけははっきりしている。


 マサルはイベに、努めてやわらかく言った。

「ぎりぎりまでありがとう。でも、もういいよ。それより、終わったら何か食べたいな」

「……はい」

 しゅんとしたように見えたが、すぐに背筋を正して、彼女は少し離れた場所にある倒木に腰掛けた。

 リコは姉に危険が及ぶ心配が無くなったからか、今度は無言で長刀を構え直した。

「あたしはいつでもいいぞ! なんならこっちからいこうか!?」

 あんな化け物包丁を相手に、素人の自分が避けようとか防ごうとか思っても、無理だ。それはマサルにもはっきりわかった。

 思い切って、マサルは相撲の立会いのように、腰を落とした。

 狙うは体当たり。それだけだ。かわされて痛撃を食らったとしても、それはそれ。変に避けようとして相手の手が滑るよりはよっぽど良いだろう。

『はっけよーい……のこった』

 頭の中で行司が軍配を振り下ろした瞬間、マサルは突進した。



 勝負は一瞬でついた。

 相手はダメージを受けて、一度は立ち上がったが、すぐに前のめりに倒れた。

 勝ったのはマサルだった。


 マサルが突進したとき、リコは全く避けようとしなかった。彼女は得物を放り出すと、なんとマサルと組み合おうとした。

 驚くべきことに彼女は一瞬とはいえマサルの体を受け止めた。しかし衝撃を殺し切ることはできず、そのまま後方に吹っ飛んだのだった。

 その先には木々があったから、彼女は受け身も満足に取れず背中を打ち付けてしまい、そのまま勝負がついてしまったのだった。


 朝露のせいで滑ったのか? 手を抜いたのか? いや、そもそもなんで武器を捨てたんだ?


 混乱しているマサルとは反対に、妹に駆け寄ったイベはぽかぽかと頭を叩いていた。

「ばかばかばか! リコのばか! いくらあなたが馬鹿力でも、オークの体当たりを止められるわけじゃないでしょ!!」

「い、いや、あれは……狙ったんじゃねえんだ……。避けようと思っても間に合わなかったんだ。だから武器を捨てて……」

 これは、どう声をかけたものか。マサルは状況を飲み込めずにいたが、やがてリコは姉の肩を借りて立ち上がると、マサルの顔を見上げながら言った。

「最初はさ、びびって、泣き出そうもんなら……それで諦めがつくと思ってたんだ。でも、お前は向かってきて……ふん、くそ痛えけど、嬉しいよ……ま、どうあれお前の勝ちだよ」

 これだけ喋れるなら命には関わらないのだろうが、それでも心配だった。

 マサルはまず、イベに謝った。

「ごめんなさい! 俺、こんなにオークが力あるなんて、あまり信じてなくて……っていうか……イベさん、最初からこうなるってわかってたんじゃ……」

 言動を思い返すと、そんな気がしてきた。だとしたら、自分は我が身のことしか考えず、人をいたずらに傷付けてしまったのかも。

 マサルの不安に対し、イベは首を振った。

「そんなことはありません。私はマサルさんが心配だったんです。それだけです」

 二人が大きな身長差の間で見詰め合う。リコが気恥ずかしそうに目をそらす。

 そのとき、大声をあげた者がいた。


「がーっはっは! さっすが我が息子の体!! 今の勝負、しかと見届けたぞ! お前に集落防衛の全権を委ねる! わしは家で祈祷しとるから、頑張って戦え!!」


 さっきまでイベが座っていた倒木に飛び乗って叫んでいたのは、族長のアブーラである。

 マサルは真顔になって、イベとリコに言った。

「あのおっさん、ぶっ飛ばしていいかな?」

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