誰もが見られて興奮すると思ったら大間違いだ
「さあ、存分に交わってください! わたくしに気兼ねせず!」
バラニは自分の胸が文字通り弾むほどの勢いで声援を送ったが、マサルとリコの気持ちは交尾からは遠ざかる一方だった。
茶屋のおばさんが取ってくれた部屋はオークが泊まっても平気な、天井が屋根まで吹き抜けになった開放的な部屋だった。
ガナの街とは違い、ここいらの宿は種族を問わず様々な人が訪れる関係で、オークが泊まれる部屋ばかりではない。
一つの宿に二部屋あれば良い方だろう。それだけに野宿する者を敬遠するジュカの兵隊のやり方は、宿泊業には特に印象が悪いらしい。
野宿する者がその分泊まってくれれば儲かると考えがちだが、宿に泊まりたい客には泊まりたい客の、野宿したい客には野宿したい客のニーズというものがあって、その差を埋める労力が嫌われるのだった。
そういった問題は、上の者達にはなかなか伝わり辛い。
なお、茶屋のおばさんはエルフであり、お世話になる宿の主人夫婦もまたエルフだ。おばさんとは幼馴染とのことである。
リコは自分がマサルと夫婦であることから、バラニだけ別の部屋にはできないかと主人に訊ねたが、この日は既に満室であった。
そんなことだろうとは思っていたリコはさっさと割り切って、夕方には宿の水浴び場で旅の垢を流し合った。
他にも客がいて、最近では珍しいオークとエルフの夫婦のことを祝福する人もいれば、軽めにからかう者もいた。
その間はバラニも大人しかったのだが、食事を終えて部屋に戻ると、豹変……というか本性を出したのだった。
「交尾は刺激が強いから控えろって言ってたの、バラニの姐さんの方だろ」
「確かに……言ってたよね」
リコの弁にマサルも頷く。
それについてバラニの答えは、以下のようなものだった。
「それは修道院に着いてからの話です。お二人は若いんですから、体も洗って清潔になったところで、ばんばん交わってください。私は見守ってますので」
「だーかーら、それが困るっての」
ため息を吐いたリコに、マサルが訊ねた。
「あのさ、フージ教ってそういう宗教なの? その……交尾最高、産めよ増やせよ、みたいな」
「別にそんなことはねえよ。山や森に感謝して過ごしましょう〜っていうよくあるあれだよ、あれ。うちとそんな変わらないって。まあ、最近はジュカの国じゃそうでもないみたいだけどな」
思わせぶりな言い方は、マサルと違ってバラニにも向けられたものだった。
マサルは少し迷いつつも、後は寝るだけという気楽さから、引っかかっていた点について整理してしまうことにした。
「リコは前からジュカの国のことあんまり良く思ってないみたいだけど、さっきの茶屋のおばさんの話でもなんだかきな臭かったよね。何かあったの?」
「あ〜……」
こういうとき、一応はバラニのことを気遣うのがリコの繊細な所である。
バラニはどうぞという意味でリコに手の平を向けた。
「姉貴やあたしが生まれた頃に、ちょうどジュカの国じゃ政変があってな。国の仕組み自体が変わったんだよ。それまではフージ教と、ジュカの国で元々親しまれてた信仰ってのは別だったんだが、この二つをくっつけたんだ。そのおかげで国はまとまったし、でかくもなった。でもなあ〜……」
「王宮では足りない人材を奴隷商から買うようなことまでしてるんですよ」
思っていた以上に深刻な事情をバラニが話に挟んできたので、マサルだけでなくリコまでびっくりしていた。
「噂じゃ聞いてたけど、あれって本当だったのか?」
「はい……奴隷商も今じゃ下火の商売ですが、権力者が思い通りに動かせる手駒に育てられる奴隷は高額で取引されます。ジュカの王族はそれに加担しているんです」
「まあ、地元を出たい奴にはチャンスでもあるんだよな」
「それは否定しませんが……」
「いや、あたしもそういうやり方が好きなわけじゃねえよ。ただ、世の中いろんな奴がいるからな」
自分と重ね合わせている部分があるらしいリコの横顔をマサルはじっと眺めていたが、やがて彼女の頬を小指で撫でた。
「ふにっ? な、なんだよ……急に」
「難しい顔してるのもかわいいなあ、って」
「ば、馬鹿かっ」
リコは撫でられた部分を自分でも撫でてみてから、さっさと布団に入ってしまった。
それを見て、マサルはバラニに言った。
「かわいいでしょ、うちの奥さん」
「わかります」
意気投合している二人に、リコは叫んだ。
「もうどうでもいいから、さっさと寝ろ! 交尾もしねえからな!」