馬小屋に寝るのは信頼されてないと無理だ
街道沿いに草原が広がり、山や森、川や湖を遠くに望む。
そんなのどかな風景はこの大陸ではそこまで多くはないのだと、リコにマサルは教えられた。
ガナの街や、ジュカの国を越えた先に海へと出られる道があるそうで、つまりはマサルたちの集落の方が内陸側に当たるのだった。
「一応、地名としてはフコの国っていうのがうちらの住んでる土地なんだけど……」
「フコの国は太古の物語でも語られてきた旧い土地ですが、各都市の寄り合いという状態が長く続いていますね」
バラニに補足されたリコは、うんうんと頷いていた。
今、三人がいるのはジュカの国との国境にある街である。
この街に至るまでに二日かかった。距離感としては、ガナの街と大体同じぐらいである。
ガナと同様にこの街も街道を腹に抱えているが、商業や工業が盛んという風ではなく、宿場町としての性格が濃いようだった。
それもそのはずで、こちらの街道は道幅が狭いのである。峠や渓谷を通過しているために、そうせざるを得なかったのだった。流通面でどうしても不利である。
実際、ジュカの国から直接フコの国へ向かうより、ガナの街を経由した方が何かと便は良いという。
ただ旅人が移動目的で使う場合は話が別で、マサルたちもそうなのだった。
ここから更に二日も歩けばジュカの国の王都に至るのであるが、リコはその旅程は採用しなかった。
「バラニの姐さんには見知った土地でも、あたしは勝手があまり利かないからな。一応、情報は集めてからの方が良い」
渓谷を流れる川を見下ろせる場所にある茶屋でお茶を飲みながら、リコは旅程を再度、確認した。
マサルは反対する理由もないし、ここに来るまでにも何度も聞いていた。
それよりも、肝心の泊まり先について決まっていないことが心配だった。
「宿はどうする? 俺は別にテントでも良いけど、リコやバラニさんはお風呂とか使いたいだろ」
そんなことを話していると、茶屋の世話好きそうなエルフのおばさんが話しかけてきた。
「お客さん、野宿はやめときな。近頃はジュカの兵隊さんがここら辺にまできて、野宿してる人らに文句を言うんだよ。まったく、旅人に優しくするのがフージの教えだってのに。どうしちまったんだろうねえ」
「申し訳ありません……」
フージ教の制服を着ているバラニが謝ったのを見て、おばさんは慌てて訂正した。
「まあまあ! そんなつもりで言ったんじゃないよ! 私ったらとんだうっかり者だね! そうだ、お詫びに知り合いの宿を紹介してあげるよ。あんた! あんた〜!」
おばさんは大声で旦那を呼ぶと、留守を任せて、どたどたと街の中心部の方へと走っていった。
「面白い人だなあ……でも、あのおばさんの言う通りだよ。バラニさんは教えを広めてる人で、教えをどう守るかは人それぞれの問題でしょ? 謝ることはないって」
「ええ、まあ、そうなのですが」
珍しく歯切れの悪さを見せたことで少し気になったが、信仰の深い人の心理を理解しているわけでもないので、それ以上は追求しなかった。
それより問題だったのは、おばさんの取ってきてくれた部屋が三人一緒のものだったことだ。